2020年7月14日火曜日

左下第二大臼歯治療

 先月、6月15日に左下親知らずを抜歯した。
そちらは落ち着いてきたので、今度はその隣の第二大臼歯の治療を
先週7月10日にはじめた。

 根管治療というらしい。
神経をとって、きれいにする。
親知らずが斜めにはえていて、この歯に圧力をかけ悪影響をかけていた。

 今日で5日めだが、まだ左で噛めない。
なにもしてなければズキズキも痛みもあまりないのだが、食事でうっかりそこで
挟んでしまったりすると、とてもいたい。

 痛み止めの薬を処方されているから、飲めばよいのだろうが、
普段は痛みはないので、のまずに済むならのみたくないので、それがかえっていけないのかともおもってしまう。痛み止めは抗炎症剤だから、のんで炎症を抑えたほうがよいかもしれないと
あれやこれや考えてしまう。

今週金曜日が次の治療だから、それまでに痛みがおさまってほしいのだが・・・


2020年7月13日月曜日

庭の草刈り

 本日は涼しい。



 いつもは3回に分けて草刈りしていたが、曇で風もあり涼しく湿気も気にならない。
絶好の草刈り日和である。

9時前から取り掛かり、ふぅーはぁーふぅーはぁー言いながら、一気にした。
11時過ぎに終わったからまる2時間の作業。

7月いっぱいはもつだろうけど、また元気に雑草は育つだろうな。 

 雑草という植物はないとは田中角栄さんの言葉だったどうかは忘れたけど
一つ一つに名前があるのだとおもと、草刈りも雑には出来ぬな。



2020年7月12日日曜日

雀の砂浴び

 水浴びをしている姿はたまに見かける。

 軒下にあるカラの植木鉢の土がなんでサラサラしているのかが不思議だった。
気にかけていると、一日に何回もスズメがその植木鉢に入って、砂浴びをしていた。
何羽かできて、じゃれあいながら土まみれになり、汚れたくちばしは鉢のふちで拭ってる。
しぐさがかわいらしい。

 なんとか写真をとろうとしているのだが、難しい。

2020年7月11日土曜日

居間の湿度

 現在の室温と湿度。



 数日前は80%超えだったけど、本日も似たようなもの。
でもシメジメムシムシ感はなんいんだな。

 一番の理由はジジイになって感じなくなったからで、
だから年寄りが熱中症で死ぬ。
ニュースで亡くなっていた部屋のエアコンがついてなかったとよくあるのは
気温湿度などの感覚が鈍くなっているからだ。

 自分で作った小引き出しなどもこの時期には膨張してしまって開かなくなる寸前になる。
開かなくなる引き出しもあり、こうなっては乾燥を待つしかない。


2020年7月10日金曜日

カルピスマンゴー風味

 期間限定発売商品とはしらなんだ。



 探してもないわけだったな。

 これで寒天にしてみた。



 まぁまぁいける。

 少し前にマンゴー缶詰でつくったみたが、缶詰のマンゴーがうまくなくて
いまひとつ。



 そのまた少し前に、パイナップル寒天をつくってみた。


こっちはおいしい。


2020年7月9日木曜日

燕が元気

 ここの住宅地は山間にあるので、ツバメの餌は豊富にある。
雨など関係なく空を飛び回り忙しい。

 渡り鳥だけど、あんなに小さいからだに羽も長距離を飛ぶようにできているとはおもえない。
気象変動で渡りをする必要もなくなり、そのうち定住するような気がする。


2020年7月8日水曜日

「長崎行役日記」長久保赤水著 を読んだ

 長久保赤水は言わずとしれた、
『日本輿地路程全図』(にほんよちろていぜんず)の著者(安永3年(1774年))。

 1767年赤水50歳のとき、漂流民の引き取りのため庄屋の代理として水戸藩の役人に随行して長崎往復の日記。国会図書館デジタルアーカイブで読むことができます。

 水戸から江戸に出て途中瀬戸内で舟に乗るとはいえ、長崎まで往復徒歩。
当時のこういった日記などを読むと、内容よりも彼らの健脚ぶりにまず圧倒されます。
赤水はこのとき50歳。当時としてはどこに出しても恥ずかしくない老人の仲間です。
すごいな。

 日記は赤水の人格性格行動ぶり人柄がよくあらわれていて、冗談など一生で3回も言ってないくらい、とてもとても真面目で謹厳実直。

 道中記は神社仏閣故事や合戦の名所旧跡などがほとんどで、おもしろそうなできごとがこれこれこんなふうにあったのだぞなどはなし。

 読み終わって、ホッとしました。肩が凝りました。
真面目一筋に生きた方であろうことはこの一冊で十分わかる。
この本、赤水の原文とその翻刻そして現代語約がそろっていることも貴重。


 付録の「安南国漂流日記」のほうが面白かった。
18世紀中頃のベトナムの生活が興味深い。

その中で次のような箇所があった。
「田畑は肥えているので糞なども用いないと見ました。ですから、小便所もなく、貴賤男女にかかわらず、大小便を猥(みだ)りにそこいら中にしています。だから路ばたは臭くてたまったものではございません。」
漂流民がお世話になった街は特に裏寂れた田舎というわけではなく、むしろ栄えていたのにこのようなありさまとは恐れ入る。