2026年5月24日日曜日

WiFiキャビネット扉改造2

 枠の内側に二本、こんな具合にして、これに羽根(ルーバー)をつけようかと。

 羽根は欅の机の脚の端材から切出しました。 

 で、こんなことがあるのかと驚いたのがこれ〜‼️ 

 端材から切り出した羽根は、はめるのにいくらか余裕をもってカットしました。

 ところがところがです。

 柄決めをしようと扉にあてがってみると、これがはめ込むのにちょうどよい幅になっていたのであります。これって、そうしようとおもってカットするのに神経を使うくらいやさしくはないのですけど、適当にカットしてこんなことができるなんて、ヤッパこれは驚きおどろき❣️

 まぁ、出来上がりの形も確認できたので、このまますすめましょう。

 

2026年5月23日土曜日

SONY ICF-B200ラジオの電池交換

 ニッカド電池を交換するつもりはなかったのですけど、ヨドバシで¥1150円ならまぁいいかと、買ってしまいました。

 だめになってしまった電池は2021年1月29日に交換しているので、約5年とちょっと、まぁ5年ですね、もったことになります。

 前回交換の時もそうだったのですけど、基板からソケットが抜けないし、なぜか極性が反対で、今回もバッテリーの線を途中で切ってはんだ付けしてます。 

 このラジオはスイッチの部分が軟弱なつくりで、壊れてしまっているので、その部分も修理してます。穴があいたままなのですけど、そのほうがバスレスみたいで、音が良くなりました。

 乾電池でも使えるようになっていて、当然乾電池は交換できるように電池室があります。どうして、ニッカド電池も同じように作らなかったのかとても不満、コードレス電話子機では簡単に取り替えられるようになっているのにです。

 単三電池の価格をネットで調べてみると、約¥1200で24本前後購入できるようです。このラジオは木工作業をしながらつけっぱなしで使いますので、1ヶ月で平均電池2本前後消費するでしょうか。ちょうど1年で24本くらい。これは少なく見積もっての話。

 前のニッカド電池が約5年持ったことを考えれば、やはりニッカド電池のほうに分がありそうです。

 

2026年5月22日金曜日

WiFiキャビネット扉改造

 BEFORE 

 AFTER

 

  鏡板をとりはずしました。

 もちろんこのままではあまりなので、ここに風通しが良いようにルーバーを設置します。

 こんな具合にとりはずしました。

 鏡板の外周を枠を傷つけないように、丸鋸で切断しますが、 

 角は手鋸でないと無理なので、慎重に、 

 鏡板は2枚の欅の薄板で、枠にはめてあるだけなので、引っこ抜いて、 

 まわりを傷つけることなくきれいにはずすことができました。

 さて、どうやってルーバーをとりつけましょうか。

 見切り発車でしたので、これから考えなくてはなりません💦

 

2026年5月21日木曜日

冷やしラーメン

 きゅうり、キムチ、唐揚げversion.  

 きゅうり、キムチ、卵焼きversion. 


  冷やし中華と何が違うのかと聞かれても、困るんですけど。こちらのほうがあっさりしているのかな。また麺もちょっとソーメンっぽい。

 おしいです。

 

2026年5月20日水曜日

ローズマリー剪定した

 BEFORE 


  AFTER  

 どうみても8割以上、9割かも、剪定した。超強剪定です。

 枯れちゃうかなぁ、ちと心配😥

 作業中はとてもとてもいい匂いでありました。

 

2026年5月19日火曜日

父のアルバム「祖父祖母」より

 このアルバムに父の母の母の母の写真があります。 

わたしの祖母が父の母ですから、その母はわたしからは曾祖母(そうそぼ)で、その母はわたしからは高祖母(こうそぼ)となり、わたしからみて4世代上、4親等の直系尊属となります。

 父方の祖母は1885ー1962、その母はおそらく1855年前後の生まれです。そしてその母、この写真のおばあさんは90才で元旦に亡くなっています(生まれたのも元旦)。ですので、1820年前後に生まれたはずです。

 このおばあさんは彦根藩の武家の生まれで、奥勤務であったと伝わっています。桜田門外の変は安政7年3月3日(1860年3月24日)でしたから、高祖母が40才の頃、御城づとめでしたから、その事件をどんなおもいできいたことでしょうか。

 藩主が殺され御家断絶はまぬがれたものの、彦根藩は幕府より石高を30万石から20万石に減封され、それにともない高祖母の家も藩から退いたとのことでした。そして、しばらくして、その娘(わたしの曾祖母)は横須賀に一家あげて移住したのでした。父はその横須賀のおばあさんにとても可愛がられたとよく話してくれました。またこのおばあさんは彦根からこしてくるときに、三間柄(さんげんづか)の槍を持参しそれをしごいたり、厚い将棋盤を片手で挟み持ち上げたりと、さすが武家の家の娘であったとは父の話。

 昨日常野の本のはなしをしましたが、高祖母は常野とほぼ時代を生き、より長生きしたことになります。常野は親族とのやりとりのたくさんの手紙をかき、偶然にもそれらは残されてしまいましたが、高祖母は一枚の写真を残しました。

 わたし自身は、連綿とご先祖様と血でつながっているような家系図めいたものに関心はあまりないのですが、この写真を見ていると、うーむと黙ってうなり、たくさんのご先祖様におもいをはせてしまっているわたしがいるのでありました。

 

2026年5月18日月曜日

「STRANGER IN THE SHOGUN'S CITY」を読んだ


 さきに「江戸町奉行所 与力・同心の世界」をアップしましたが、こちらもタイムマシンにのって約200年前の江戸の空気をすうことができるおはなし。

 越後国の林泉寺という寺に生まれた常野という女性が家族とやりとりした約130通の手紙が残されていて、それらを読み解いた内容を軸にして語られてゆきます。

 おもしろくもありますが、身につまされもして、読み終わって本を閉じたあとは、ふかいため息がながく続きました。