二度塗りふ菓子です。
ネットで調べると、単一乾電池くらいの大きさになって販売されていました。
おやつに食べます。お茶もあいますけど、牛乳がこのハチミツの甘みとあっておいしい。
かさがあって太く食べごたえがあるのですけど、お麩なので実際の量はとても少量。
たまにおやつにすると、甘みでホッとします。
二度塗りふ菓子です。
ネットで調べると、単一乾電池くらいの大きさになって販売されていました。
おやつに食べます。お茶もあいますけど、牛乳がこのハチミツの甘みとあっておいしい。
たまにおやつにすると、甘みでホッとします。
この木のソファーはツーバイ材で作った試作品で、ひととおりの修正などがすみ落ち着いたら、欅で制作しようとおもっていたものです。11年前に作りました。
座板は枠にのっけているだけです。
なので、左右どちらかにかたよって座ると、こんなふうに持ち上がってしまいます。
ふだんは、座布団を敷いて座っているので、その重みで問題はありませんでした。
しかし、気になることは気になっていて、ほったらかしていたら十年をこえてしまいました。
スノコのようにすればよいのですけど、こんなふうに側面にダボでつなげてみました。
『簡単に組み立て分解ができて丈夫なこと』がこれを作ったときの考えでしたが、11年以上使っていて、なんともないのを見ると、こんな簡単な設計でも大丈夫ということだろうとおもっております。
試作品なのですけど、長く使っているうちにからだに馴染んできてしまって、このまま使っていきそうな気がしています。
樋口一葉(1872-96)の父樋口則義(1830-89)は江戸南町奉行所同心でした。その上司にあたる与力の佐久間長敬や原胤昭らの残した史料には、その名前を残してはいません。樋口一葉についてはウィキペディアに詳しく記されていて、その中に父親のことも同様にふれらています。
しかしこの本では数頁ではありますが、則義について実に細かく記されていて驚きました。幕末から明治中期までのまさに怒涛の生涯に胸を突かれます。
当時日本で生活していた人たちはみな似たような苦労をしていたはずです。
わたしの父方の祖父は明治初年生まれで、大変な苦労をしながら大正初期には身代を築き上げ、使用人を数人使うまで店を大きくしました。しかしながら関東大震災で一切を失い、まだまだ力がみなぎっていたのでしょう。以前ほどではないですがなんとか店を再びかまえることができました。しかし戦争の横浜大空襲で一切合切焼け野原になってしまい、その後再起を試みるも、もう力は残っていませんでした。亡くなるまでそれがかなうことはありませんでした。子どものころを思い出しても、爺さんの笑顔をみたおぼえがありません。
この本の数カ所を抜粋して紹介しましたが、まだまだ読みどころはたくさんあって、是非とも手にとって読んでほしいとおもいます。
幕府が瓦解して、新政府はすべてのことを引き継がなければなりませんでした。慶應から明治に変わったからといって、まわり舞台のように人も物もすべてというすべてがそっくり入れ替わるわけではありません。町奉行所の囚人はそのまま牢屋に入っているし、幕末の動乱で江戸の町は乱れきっていました。
そこで、一切合切の町奉行所の仕事の引き継ぎを行ったのが長敬なのでした。明治になって町奉行所は司法と裁判所などへ変わってゆきました。
これは半藤一利が指摘していることなのですが、明治維新政府はトップは新政府の人員としたが、それより下のナンバー2以下はもとのまま幕府の役人たちに任せていたと述べています。そんなふうにしなければとてもじゃないけど、政権を回せていけなかったからです。
そして、その良い例が、この江戸町奉行所の引き継ぎでした。
本書にはその引き継ぎに関係した者の写真があって、写真の裏には「明治元年五月江戸町奉行所授受ニ関係シタル生存者」と書き込みがあり、撮影は明治42年(1909)秋でした。
写真前列中央二本差し姿の土方久元(1833-1918)は土佐藩出身で、引き渡しのときに新政府側の接収の代表者のひとりとして与力・同心の彼らに対面した人物でした。土方は長敬がまとめた膨大な引き継ぎ資料・史料を絶賛しています。
幕末から江戸市中は放火・略奪行為・大規模な打ち壊しや米騒動など治安維持が深刻化していたのですが、なにはともあれ、引き渡しが比較的円滑に進められていったことは、新政府にとっても、また庶民にとっても大いに再出発の土台となったはずであります。
つづく
おさえは段欠にしてレールとなっていますいので、可動桟木を横から入れることはできませんので、手前からレールにそって格納します。
まず、ストッパーとなるピンを筐体側に取り付けます。今回はスリワリネジM3長さ16mmを使いました。画像なしです。
次に棚板をはめて、可動桟木を棚板へ固定します。これで棚板を引っ張ると可動桟木が手前に引き出されます。画像の溝の一番左側にスリワリネジが見えています。
ちょっと全体にゆるくなってしまいましたが、一番引き出した画像。
こんな具合に使います。
なお、幅360用LB610棚板の両側面に(厚さ5.5mm幅15mm長さ400mm)の板をネジ止めすれば、ここで使った棚板と同じものになります。
LB1000の棚板サイズにこだわなければ、いろいろな取り付け方ができるのですけど、あくまでもLB1000の改造ということでの設計ですのでご承知おきください。
完
可動桟木の押さえ(欅の端材)を作り、これが今回の設計の要です。段欠きにしてあって、可動桟木のレールになってます。これで可動桟木がおさえからはずれてしまうことがなくなりましたので、安定した動きが可能となります。画像はまだ筐体に固定してません。のせてあるだけです。
この画像の右側の可動桟木の溝の下側に注目してください。ぴったりにピン穴が見えています。ここにピンをいれて可動桟木が半分出て止まるようにしています。ストッパーです。
棚板をはめてみます。しかしここでも大きな失敗をしてしまいました。横幅の寸法取りを間違えて、段欠きの内寸でカットしてしまいました。大きめの失敗ならさらに切ればよいのですけど、これじゃもう一枚切らなきゃなりません。
大きめの端材だったので、再度カット。筐体にはめて動きを確かめます。
いい感じ。
さてここからがやっかい。可動桟木と棚板を上からおさえるレールの取り付けです
筐体にあらかじめあるたくさんのピン穴を使えば、必ず水平が保証されるので、この穴にネジ止めしたいのです。いわばこれが基準になります。
あらかじめあいているネジ穴にあわせて部材を取り付けるのはそこそこ面倒な上に、なめらかに棚板が動かなければなりません。可動桟木は隙間を見積もって加工してあるので大丈夫。
棚板と押さえのレールは0.5mmの隙間(スペーサーを使います)でネジ穴位置をあけました。抽斗のときもそうでしたが、棚板を上下からしっかりおさえると、けっこう手前まで引き出しても大丈夫でした。
このあとは可動レールを取り付けるだけです。
つづく
棚板は固定棚の上にのっているのですけど、可動桟木でも支えなければ、固定棚からはみ出したときに落ちてしまいます。
なので欅の角材(5✕7mm)を可動桟木に接着します。
接着するときのズレ防止と補強のために5箇所にφ2.5mmの竹串を打ち込んであります。
左側の欅は次に加工する可動桟木のおさえになります。
このように可動桟木はおさまります。
約半分可動桟木は手前にでます。
今回の設計ではこの可動桟木を上から溝でおさえますので、バタつきはなくなります。しかし、この飛び出た部分がいくらかしなるので、ここから先は作ってみなければわかりませんでした。
つづく