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2026年7月23日木曜日

「ン」と「ソ」

 若い頃、社会人になって働き出してからしばらくして、後輩にわたしの書くカタカナの「ン」と「ソ」が同じかたちでわかりにくいと指摘されたことがあります。それまでそんなことは全く意識したことなどなく、自分のかいたそれらふたつをながめてみると、なるほど指摘されたとおりなのでありました。

 指摘した後輩はそれらふたつの違いを懇切丁寧に教えてくれました。

「ン」は画像のように正三角形の1辺を垂直にした線を基準にする。 

「ソ」は同じく正三角形の1辺を水平にした線を基準にする。

 それら正三角形の中に収まるように意識すれば見てくれがよくなりますよ。

 その日から何度も何度も数千回メモ用紙に練習しました。

その後輩には感謝してもしきれません。

 なお、「ツ」と「シ」も似ています。同じように正三角形を意識して、「ツ」は水平線、「シ」は垂直線、書けば違いは明瞭になります。

 本来、小学生の頃に身につけていなければいけない基本的な事柄でしたが、いつになっても学び直しはできるものだと感じています。

 もうすっかりジジイになっていますが、知らないことはたくさんあり、いくつになっても学んでいくことは楽しいことだとおもっているのでありました。

 

2026年7月21日火曜日

「おどろきの刑事司法」を読んだ2

 外国の映画やTV、または海外の警察小説や弁護士が主役の小説などでの取り調べ室の場面ではテープレコーダーやビデオによる録画録取が普通にでてきますが、日本ではほとんど実施されていません。強硬に反対阻止しているのは、学者・警察・検事・検察庁そして法務省です。さらに裁判所も検察から上がってくる資料をまるごと鵜呑みにして、取り調べの可視化に無関心です。

 具体例をこの本からお借りします。

P248。『実際に、「郵便不正事件」で証拠を改竄した前田恒彦検事をかばったとして、最高検に犯人隠避で逮捕・起訴された大坪弘道大坂地検特捜部長(懲役1年6ヶ月・執行猶予3年の有罪判決が確定。現在は弁護士)は、「取り調べをすべて録音録画してくれないと捜査に応じられない」と言ったそうです。自分のことになれば、このように必死になるのです。』

 開いた口が塞がらないという表現がありますが、こんなものではとてもじゃないけど言い表せません。そしてかれは今,弁護士をやっている。なんていうことでしょう。

 P249から、なぜ可視化に反対するのかが述べられていますが、論理も何もなく納得などできるわけがなく、議論するのを避けているとしかおもえません。

 つづく

 

2026年7月20日月曜日

「おどろきの刑事司法」を読んだ1

 ”犯罪者”の作り方 村木厚子 著。講談社現代新書¥1200円 

 是非、一冊でも数冊でも購入してください。わたしは図書館で借りたのですが、半分読み終わる前に一冊購入して、子どもに送りました。これからの世代を支える人たちの必読書です。

 読みはじめてすぐに、メモをとりながら、ネットで細かく調べながら読みすすめました。

 任意同行で取調べをされたとき、本人は何も悪いことはしてないし、おもいあたることもないので、正々堂々取り調べ官に述べればよいというのが、たいていの人がとる社会人としての対応だとおもいます。

 しかし、それが一番避けなければならない対応なのだとこの本は教えてくれます。どうするのが一番正しい対応なのか。完全黙秘です。とにかく何を言われても、何をされても一言もしゃべらない。しゃべるとしたら「黙秘権を行使します」だけ。

 この本の題名に「おどろき」とありますが、そんな呑気な言葉ではとてもじゃないけど、この本の内容は驚愕にあふれています。

 読みながらメモをしたので、10回ぐらいに分けて感想をBlogにあげようかとおもったのですが、それはやめにして2,3回にします。買って読んでもらうほうがいいにきまっているとおもうからであります。

 つづく

 

2026年6月2日火曜日

「イザベラ・バード『日本奥地紀行』を歩く」を読んだ


 東洋文庫にあるバードの旅行記はすでに読み尽くし楽しみましたが、読了後目がチカチカと疲れたのを思い出しました。わたしの通っている図書館の東洋文庫の書籍は字の大きさがとても小さいのです。

 この本は題名通り、バードの歩んだ行程をほとんどそのままたどって旅するという本で写真がたくさんあるのが楽しみを増します。

 もうすこし元気があったらバードがたちよった東北や北海道の温泉場に行きたいものです。

 

2026年5月30日土曜日

くずし字、江戸マップを調べられなかった

 ようやく《ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(Center for Open Data in the Humanities / CODH)》が復旧した♪

『2026-05-19

2026年2月16日夕方以来続いていたウェブサイトの長期メンテナンスが終了し、大部分のサービスが復旧しました。長期間にわたり、多大なご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。なお、一部のサービスは現在も復旧作業中で、順次再開いたします』。

 結構困っていました。

 くずし字は辞書も持っているのですけど、やはりネットで調べるのが速くて便利、拡大もできるし。わたしはこのBlogの他にもうひとつ『江戸期頃文献読楽』というのをやっていて、くずし字を調べるにはこのサイトをとても重宝していました。復旧してよかった♪

 で、江戸マップは江戸の街を舞台にした時代小説を読むときに必携なのであります。まぁそれだけではなく、文献を読むときにも必要なのですけど。

 このCODHというサイト、膨大な史料があってとんでもなく役立ちおおしろく宝庫であります。

 

2026年5月19日火曜日

父のアルバム「祖父祖母」より

 このアルバムに父の母の母の母の写真があります。 

わたしの祖母が父の母ですから、その母はわたしからは曾祖母(そうそぼ)で、その母はわたしからは高祖母(こうそぼ)となり、わたしからみて4世代上、4親等の直系尊属となります。

 父方の祖母は1885ー1962、その母はおそらく1855年前後の生まれです。そしてその母、この写真のおばあさんは90才で元旦に亡くなっています(生まれたのも元旦)。ですので、1820年前後に生まれたはずです。

 このおばあさんは彦根藩の武家の生まれで、奥勤務であったと伝わっています。桜田門外の変は安政7年3月3日(1860年3月24日)でしたから、高祖母が40才の頃、御城づとめでしたから、その事件をどんなおもいできいたことでしょうか。

 藩主が殺され御家断絶はまぬがれたものの、彦根藩は幕府より石高を30万石から20万石に減封され、それにともない高祖母の家も藩から退いたとのことでした。そして、しばらくして、その娘(わたしの曾祖母)は横須賀に一家あげて移住したのでした。父はその横須賀のおばあさんにとても可愛がられたとよく話してくれました。またこのおばあさんは彦根からこしてくるときに、三間柄(さんげんづか)の槍を持参しそれをしごいたり、厚い将棋盤を片手で挟み持ち上げたりと、さすが武家の家の娘であったとは父の話。

 昨日常野の本のはなしをしましたが、高祖母は常野とほぼ時代を生き、より長生きしたことになります。常野は親族とのやりとりのたくさんの手紙をかき、偶然にもそれらは残されてしまいましたが、高祖母は一枚の写真を残しました。

 わたし自身は、連綿とご先祖様と血でつながっているような家系図めいたものに関心はあまりないのですが、この写真を見ていると、うーむと黙ってうなり、たくさんのご先祖様におもいをはせてしまっているわたしがいるのでありました。

 

2026年5月18日月曜日

「STRANGER IN THE SHOGUN'S CITY」を読んだ


 さきに「江戸町奉行所 与力・同心の世界」をアップしましたが、こちらもタイムマシンにのって約200年前の江戸の空気をすうことができるおはなし。

 越後国の林泉寺という寺に生まれた常野という女性が家族とやりとりした約130通の手紙が残されていて、それらを読み解いた内容を軸にして語られてゆきます。

 おもしろくもありますが、身につまされもして、読み終わって本を閉じたあとは、ふかいため息がながく続きました。

 

2026年4月20日月曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ5

 樋口一葉(1872-96)の父樋口則義(1830-89)は江戸南町奉行所同心でした。その上司にあたる与力の佐久間長敬や原胤昭らの残した史料には、その名前を残してはいません。樋口一葉についてはウィキペディアに詳しく記されていて、その中に父親のことも同様にふれらています。

 しかしこの本では数頁ではありますが、則義について実に細かく記されていて驚きました。幕末から明治中期までのまさに怒涛の生涯に胸を突かれます。

 当時日本で生活していた人たちはみな似たような苦労をしていたはずです。

 わたしの父方の祖父は明治初年生まれで、大変な苦労をしながら大正初期には身代を築き上げ、使用人を数人使うまで店を大きくしました。しかしながら関東大震災で一切を失い、まだまだ力がみなぎっていたのでしょう。以前ほどではないですがなんとか店を再びかまえることができました。しかし戦争の横浜大空襲で一切合切焼け野原になってしまい、その後再起を試みるも、もう力は残っていませんでした。亡くなるまでそれがかなうことはありませんでした。子どものころを思い出しても、爺さんの笑顔をみたおぼえがありません。

 この本の数カ所を抜粋して紹介しましたが、まだまだ読みどころはたくさんあって、是非とも手にとって読んでほしいとおもいます。


 

2026年4月19日日曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ4

 幕府が瓦解して、新政府はすべてのことを引き継がなければなりませんでした。慶應から明治に変わったからといって、まわり舞台のように人も物もすべてというすべてがそっくり入れ替わるわけではありません。町奉行所の囚人はそのまま牢屋に入っているし、幕末の動乱で江戸の町は乱れきっていました。

 そこで、一切合切の町奉行所の仕事の引き継ぎを行ったのが長敬なのでした。明治になって町奉行所は司法と裁判所などへ変わってゆきました。

 これは半藤一利が指摘していることなのですが、明治維新政府はトップは新政府の人員としたが、それより下のナンバー2以下はもとのまま幕府の役人たちに任せていたと述べています。そんなふうにしなければとてもじゃないけど、政権を回せていけなかったからです。

 そして、その良い例が、この江戸町奉行所の引き継ぎでした。

本書にはその引き継ぎに関係した者の写真があって、写真の裏には「明治元年五月江戸町奉行所授受ニ関係シタル生存者」と書き込みがあり、撮影は明治42年(1909)秋でした。

 写真前列中央二本差し姿の土方久元(1833-1918)は土佐藩出身で、引き渡しのときに新政府側の接収の代表者のひとりとして与力・同心の彼らに対面した人物でした。土方は長敬がまとめた膨大な引き継ぎ資料・史料を絶賛しています。

 幕末から江戸市中は放火・略奪行為・大規模な打ち壊しや米騒動など治安維持が深刻化していたのですが、なにはともあれ、引き渡しが比較的円滑に進められていったことは、新政府にとっても、また庶民にとっても大いに再出発の土台となったはずであります。

 つづく

 

2026年4月13日月曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ3

 時代劇でよくでてくる場面に悪党を拷問攻めするものがあります。

この兄弟の佐久間家は代々、吟味方が家職化されまた世襲されていたようです。なので、吟味の仕方は口伝で代々伝えられていました。長敬は才気溢れ有能で、安政5年(1858)にこの口伝内容を「我が経験と古老よりの口伝とを書綴り、子孫のために遺し置くものなり」としてまとめたのが「吟味の口伝」です。

 これがまた実に興味深いのです。いくつかみてみましょう。

①拷問はみだりに行ってはならず、取り調べを重視すること。また取り調べも私情を挟まず公正に行うこと。

②相手が何者であっても強い語気で取り調べをしないこと。

③取り調べの最初から大声で叱責しないこと。

 どうです。現在の検察や警察に是非とも読んでもらいたい。

 このあと、拷問についての口伝が続くのですけど、割愛します。

⑬囚人に対しては努めて言葉を正しくして、私情を一切挟んではならない。

⑯語気強く、少しも緩みなく責め問いを続ければ愚人は終いに冤罪をかぶってしまう事がある。口頭での取り調べですらこうしたことがあるので、拷問はより一層注意が必要である

 これまた、現代の検察官・刑事たちにこの口伝を読んでほしいところ。現在でも冤罪事件がおこっています。それを強く戒(いまし)めているのです。

 そして最後、これはちと笑えます。

⑰女は男と違い様々な手を使って罪を逃れようとするので、その責め問いは最も注意すべきことである。

 長敬はこれを明治期に南北会を通じて刊行しており、代々町奉行所内で口伝で伝えられてきた内容をこうして活字で公表したことで町奉行所の取り調べの実態を明らかにしたのでした。

 つづく

 

2026年4月11日土曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ2

 この二人、長敬(おさひろ)と胤昭(たねあき)は大正期になると、日本各地で講演会に招かれました。そして講演原稿も残されたのでした。

 その長敬の講演を聴いた人物に勝峰晋風(かつみねしんぷう1887-1954)がいて、あまりにおもしろかったのでしょうか、自分で『弥太吉捕物物語』を創作してしまいました。晋風はかって報知新聞で記者をしていて、そのときの同僚に野村胡堂(のむらこどう1882-1963)がこれを読んで感動し、創作したのが『銭形平次捕物控』なのでした、といわれていますが。

 なんということでしょう!!銭形平次のあのぴゅっぴゅっと銭をつぶてのようになげるあれ、まぁあれは作り話でしょうけど、あの物語がまったくの嘘ではないことが、少なくとも、元江戸町奉行所与力の講演会の話がもとになっている、それに刺激された創作話ではありますが、直系の江戸の雰囲気を伝えているというのが、古い話にもかかわらず新鮮な感慨を与えてくれます。

 いやいや、おもしろい♫

 つづく

 

2026年4月10日金曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ1


 岩波新書 滝口正哉 著。

 研究書を社会人へ広くわかりやすくかかれたものですが、この新書だけでも充分に研究書として読むことができます。

 佐久間長敬(おさひろ)・原胤昭(たねあき)、二人は兄弟でともに江戸時代八丁堀の江戸町奉行所の与力でした。佐久間は天保10年5月25日(1839年7月5日)〜大正12年(1923年)1月4日、原は嘉永6年2月2日(1853年3月11日)〜昭和17年(1942年)2月23日)、佐久間は江戸・明治・大正、原はさらに昭和を生き抜きました。

 また二人ともにウィキペディアでより詳しくその生涯を知ることができます。

 最後の将軍、徳川慶喜のインタビューは「昔夢会筆記: 徳川慶喜公回想談 (東洋文庫 76)」で読むことができますが、江戸の雰囲気を語っているかというと、そうではなくて淡々とおとぼけ殿様の語り草なのです。まぁそれなりにおもしろいですけど。

 ところが、この原胤昭はラジオで江戸時代の様々なことを語って人気を博したのでした。元江戸町奉行所与力がラジオ放送で語る、なんて痛快で愉快なことでありましょうか!

胤明は明治の中期に元江戸町奉行所与力・同心の会である「南北会」を設立し、膨大な史料を残しました。

 時代劇では頻繁に与力・同心がでてきますが、その本人が昭和の時代でも活躍していたとは、驚きであります。

 つづく。

 

2026年4月5日日曜日

濁点「゛」と半濁点「゜」

 何度かこのBlogで取り上げていますので、検索すればその記事がググれるます。

今、マイクル・コナリー作品(全部で40巻以上)にはまっています。翻訳本で文中にはカタカナがあふれかえっています。

 で、ジジイなので細かい字で、表題の「゛」と「゜」の見分けが難しいというか、虫眼鏡で確かめないと読めないのであります。たとえば、「ボンペイ」、「ブタペスト」、「ボスポラス」など。

 この二つ「゛」と「゜」は、は行にしかありませんから、以前にBlogで取り上げたときに、その解決方法、フォントの変更、を提案(「゛」と「゜」の付ける位置を区別するというのが要点)しています。 

 マイクル・コナリー作品の出版社講談社にお願いしてみようかなとおもっています。

 年配者の目にやさしいフォントを♪

 

2026年2月22日日曜日

「私の明治時代史」を読んだ


 「私の幕末維新史」の後続版。 あとがきに

『本書は1980年代初めに熊本市の真宗寺で、若者や親しい仲間たちに対して行われた渡辺京二氏の「京二塾 日本近代史講義」の録音音声をまとめたものである』、

とあります。

 従来の歴史学者たちとはひとあじもふたあじも異なった見方で幕末・明治に光をあてています。

 特に、日清日露戦争前後の三国の様相がとても、なるほどなぁといろいろ腑に落ちました。

 

2026年1月30日金曜日

「私の幕末維新史」を読んだ


 あとがきに

『本書は1980年代初めに熊本市の真宗寺で、若者や親しい仲間たちに対して行われた渡辺京二氏の「京二塾 日本近代史講義」の録音音声をまとめたものである』、

とあります。

 50年前の講義とはおもえぬほどに、新鮮です。

 渡辺京二氏の本を読むと、いつも心にストンとおちる、なるほどなぁという感慨を覚えます。

 歴史にあらわれる人たちの、理屈ではないところの、からまりを紐ほどくような語り口。

しっとりと、腹におさまってゆくのです。


 

2026年1月25日日曜日

スエーデン警察小説「ミレニアム」

 年末年始にミレニアム1,2,3の上・下、全部で6冊を楽しみました。

作者のスティーグ・ラーソンは残念ながら第一部の出版を前に亡くなってしまいました。

 ところが、その後、ダヴィド・ラーゲルクランツが続編として3作書き、それがこれです。

 4はすでに返却して手元にありません。

続きの4,5,6があるなど、まったく知らなかったのですが、スエーデン警察小説の読んでないシリーズがないかと調べているときにみつけ、うれしくて飛び上がりました。

 あらたな作者は違和感なく上手にもとの作者の流れを引き継いでいるとおもいます。

また翻訳者たちもとてもよい。

 このシリーズは、スウェーデンという国の文化・風土・気象・人々などをいたるところに描き出しているので、単なる警察小説におさまらない物語になっているところも気に入っています。

 

2026年1月4日日曜日

年末年始の読書

 いくつかの図書館に予約中の本が、年末年始にはまにあわないので、ここのところ読んでいるのがスウェーデンの警察小説、同じながれでなにかないかと適当にさがして6冊借りてきたのがこのシリーズ。 

 現在読書中の本はミレニアム2の下。

おもしろさが半端なく、日向ぼっこしながら昼寝も忘れ、読みふけっています。

 

2025年12月25日木曜日

クリスマスケーキ

 子どものころ、クリスマスケーキが街なかにあふれている日、めずらしく父が家に帰ってきたときがありました。

横浜駅西口の地下街だったとおもうのですけど、クリスマスケーキが山積みされて販売されていて、店員が大声で売りさばきクリスマスソングも聞こえないほどのにぎやかでありました。

 わたしが父に何かを買ってくれとねだったのは、3回しかありません。母にきつく、ねだってはダメだといわれていたからですけど、それら3回はどうしてもおさえきれなかったのでした。

 そのひとつが、その地下街でみたクリスマスケーキでした。それまで、クリスマスケーキなど買ったことも食べたこともありません。それが山積みになって壁のようになっているのです。

 とうとう我慢しきれずに、「おとうちゃんあのクリスマスケーキ買って」と、ほんとうに緊張して、さっきまでは口の中はもうよだれがたれてきそうなくらいうるおっていたのですけど、カラカラにかわいてしまってようやくのことで、ねだったのでした。

 父は壁のようなクリスマスケーキの山積みの前で立ち止まって、「明日になれば、安くなる」と一言。

 やっとのことでおねだりしたのですけど、ダメといわれたのに気づくまで、頭の中はクリスマスケーキのように真っ白なのでした。

 昨日、お隣さんから電話があって「クリスマスっでしょ、ステーキ買ってきて、今から持ってゆくから、出てきて」と、雨が降ってましたが即、迎えに出ました。

 小さめな箱をぶら下げてる奥様、ニコニコ顔で「ハイっ」と、いただいたのはケーキなのでした。聞き間違えてしまった自分に笑えました。 

 夕食前のおやつどきに、いちごのショートをいただきました。

とてもとてもおいしかった。涙がにじみでてきそうでした。

 

2025年10月18日土曜日

「マーブル館殺人事件」を読んだ


 とても楽しく読めました♪

 このシリーズ、劇中劇というかひとつの推理小説の中に、もういっぺんの推理小説を展開して、物語が進行してゆきます。

今回のこの本では、それがもっと複雑・・・

 それにしても、役者じゃなかった訳者の「山田蘭」さん、もう翻訳の領域をこえていて、こちらの山田さんが作者のように感じるくらい、自分のものとしてしまっています。

すばらしいの一言。

 本文の登場人物をおうだけでも大変なのに、もう一つの作中本の登場人物名が本文のそれらと重なってしまい、ジジイとしてはちと頭の限界を感じました。

 まぁ、急いで読むことはないので、混乱しだしたら読み返すだけ。

 もう一度いいますけど、作者も訳者もとてもすばらしい!

 

2025年9月25日木曜日

「南海王国記」を読んだ

 

 1626年1月23日から1683年8月22日までの中国大陸、台湾周辺の戦乱の世のはなし。日本では徳川将軍家光、家綱、綱吉の時代。はなしの主人公鄭成功が日本に救援を頼むが断られている。

 歴史書のように淡々と史実を積み重ねてゆく。じわりじわりとその積層に圧倒され鄭成功やその時代の武将たちの苦渋が染み出してくる。

 飯嶋和一の本は読了後何年たっても、はっきりと思い出すことができ、なおかつたくさんの情景をプラネタリウムドームに投影されるように見ることができる。

 感動があるからだとおもう。