2016年9月30日金曜日

枝払いなど園芸用の鋸を買った

 Silky_GOMBOY万能目¥2680円の1割引(特売期間なので)でした。
今までは、木工で使っていたのと同じ鋸で庭木の枝など切っていましたが、
やはり脂などで傷みそうなのが気になってました。

 今回思い切って買いに行ったわけですが、
最初手にしたときその値段にギクッとしました。
高っ!
この値段なら、木工用のが買える。
しかしながら、外で使う鋸が1本もないので
エイッと買い物かごへ。





 家で細かく見てみると。
これなら木工でも使えそう。
メインは外で、材種によっては木工でもOKだな。



 ところで、
今年2016年2月から始めたこのBlog
ひと月毎日30日間投稿が初めてできた。

 備忘録的に気の向くままに書いている。
日々のことがそれなりに記録できて悪くはない感じがする。
つまらなかったり負担になったらBlogを閉鎖しようと最初はおもっていたが
まぁこんな感じなら続けられそうだ。
 
 とりあえずは、
なんとか1年間継続させてみるか。



2016年9月29日木曜日

SONY パーソナルオーディオシステム ZS-RS80BTで予約録音をした

 予約録音というものを初めてした。
便利だ。
MP3ファイルで保存される。

 エアチェックなどと言っていた、40年位前には夜中だろうが時間になると、
ステレオセットの前に座り込んでデッキの録音ボタン操作などよくやっていた。
オープンリールやカセット・MDなど録音媒体が結構たまったものだった。

 それがです。
録音先と日時と開始終了時刻を入力して電源OFFで完了なのだから、驚きものだ。
音質は性能の良いシステムで再生するとあらがバレてしまうかもしれないが、
録音したこの機器では何も気にならない。

 媒体はSD。
iTuneのdataがすでに約5GB入っている中に、次のようなフォルダー構成とファイル名で保存されていた。

PRIVATE > SONY > FM > (番組名) > ◯月△日_(開始時刻)_(番組名).mp3

 ファイル名の先頭に西暦も入ればファイル名がダブることはないと心配したが、
よくあるようにファイル名がダブったらファイル名の中にコピー1とかの番号をつけて
区別をつけるようになっているのかもしれない。


 SDを再生するときは、

1.すべてのフォルダーを選択してからだと、
予約録音したファイル名がアルバム名や演奏者名と一緒に表示される。
予約録音のファイル数が増えると選ぶのに大変なので適当なフォルダーを作って
まとめれば整理はできそうだ。

2.すべてのフォルダーを選択しないで「FM」を選択すれば、
そのままラジオ録音ファイルのみが表示される。



 録音した余分な部分を削除編集するために
Win2000やXPでよく使っていたフリーの SoundEngine を探した。
Win10にインストール、エラーはでるが致命的ではなく
MP3ファイルを開き、編集して、保存ができるので、問題はない。
こちらのHPの管理人さんに感謝です。
DTM, SOUNDENGINE FREE
SoundEngine free | MP3形式を読み込んで編集する方法
http://evm-label.com/2015/03/soundengine-free_mp3/


 久しぶりに使ったのだけれど、
なんと使いやすい操作感だろう。
とっても奥深く高機能なアプリだけれど
簡単な編集は手際よくササッとできるのが気持ちイイ。
高機能なソフトにありがちな、
簡単な編集までしちめんどくさい操作がないのが良いです。

 これでラジオを予約録音して
あとで必要な部分を編集することが可能になりました。
便利な時代になったもんだ。
めでたしめでたし


2016年9月28日水曜日

自動車の自動運転 こんなのどう

 つい先日、自動車自動運転の最前線紹介番組を見た。
結構スゴイなぁというのが、ファーストインプレッション。
同時に、怖いなぁというのもセカンドインプレッションではなくて
やはりファーストインプレッション。

 カメラを人の目と同じにようにして、実際に道路状況を読み取っているところが感動もの。
カメラの目とコンピュータを組み合わして判断することに対して、
漠然とした不安感はぬぐえない。
そういうことができるのと、そういうことを完全に任せるということの間を埋めるものは
その間に何を持ってくれば安心できるのだろう。

 で、そんなことを考えていたら、ふと思いついた。
道路という道路、人がどの道路でも運転できるような道路を、自動運転でできるように
現在はめざしている。
それはそれで研究を続けてもらって、
一方で、もう少し簡単な道路で自動運転を実現できるのではと、先の番組を見ていておもった。

 簡単な道路というのは、高速道路です。
航空機は一般に航空管制標識という目に見えない電波で設置された決まった空間を飛ぶように
運行されています。
 ほとんどの高速道路ではマイルポストが設置されています。
そのマイルポストから、車を誘導する等の電波を絶えず出すようにします。
いわば高速道路沿いに誘導電波レールを作るわけです。
身近なところでは、ゴルフ場のカートが道路に埋められた電波レールに従って
運行しているようなイメージです。

 このレールと言う言葉を聞くだけで、安心できませんか。
先程の間を埋めるものとは、今は「レール」なのです。
将来はもっと「レール」より、安心安全なものがでてくるでしょう。
それまではしばらくはこの「レール」です。

 現在研究中の自動運転で、あそこまでできるのならば、
高速道路沿いの誘導電波に従いながら、自動運転モードとしてはレベルが低くなるわけですから
実現への道は近そうな気がするし
なんとなく安心感が持てそうな気もします。

 まずは交通量の多い主要高速道路に誘導電波レールを設置して、
実験運行してみればどうでしょうか。



2016年9月27日火曜日

SONY パーソナルオーディオシステム ZS-RS80BT の台を作った

 試作品ですが、お花やちょっとした飾り物の台にも使えそうです。
台はヒノキの端材で片耳付き、他はすべて赤松のサンギです。
全体に鉋をかけて、塗装はなし。



 わたしが通うホームセンターでは、良質の赤松のサンギを扱っています。
それほど苦労して選ばなくても、何年たっても曲がらない真っ直ぐで質の良いものが手に入ります。
目も緻密でねばりもあり、鉋のかかりもよいです。

 脚の十字は、相欠きで首部分をコミセンみたいにほぞでさしてます。
今はノリもネジも使わないで、はめ込んであるだけです。

 首と天板は支えるための補助具を作り2本のネジで固定しました。
試作品なのでばらせるように、ノリはなしで、組み立てで使ったのは結局このネジ2本です。
試作品でなくても、ばらせる製品、ノックダウン製品が好きだし、
自分で作るものはたいていそういったものが多い。

 天板の厚さ33ミリはやはり厚すぎた。
まぁ端材なんでしかたないんだけど。
角材は35×45なんでちょっと太すぎたかもしれないけど丈夫そう。
そのためか全体の印象はちとモッコリ感があるな。



 不安定感を心配したけど、全然OKでした。
詳しい図面はこちらです。
ついでに我が家の年代物のX線透視装置で見るとこんな感じ。



 ポータブルBluetoothCDSDラジのために、思いつきで作ったのだけれど
いろいろ応用がききそうで、便利そうだ。
しばらく使ってみて、問題がなかったら
ケヤキで制作するつもりです。



2016年9月26日月曜日

日本体育大学の集団行動「渋谷のスクランブル交差点」版 を見てみたい

 日体の集団行動はテレビの特集番組で以前見た。
YouTubeでもすごいカウント数で、大人気だ。

 あの集団行動を渋谷のスクランブル交差点でやってほしいんです。
今の技術をもってすれば、映像を合成してそれらしく作品にすることはできるとおもう。
でも、実際の現場では、青信号を待つ間の緊張感、もうこれだけでもたまらん。
信号変わってGo。一斉に早足で歩き出します。
勿論直交する側も同時にスタートです。
交差点中央付近で交差が始まりだすときの、横断歩道白線ストライプとの対比。

 可能な時間帯を見つけるなり、警察等にも連絡をつけて、実現できないかなぁ。
想像するだけでおもしろい。
現実になれば、もっと愉快だ。
こんなジジイの妄想に付き合ってくれるのは
日テレくらいか。
たのむよ日テレさん。

 夢は広がって、
世界各国のニューヨークやパリやロンドンなど大都市交差点集団行動シリーズ
見たいなぁ。


2016年9月25日日曜日

久しぶりに青空だ

 青空だ
10日ぶりくらいだろうか
早朝なのに赤とんぼも飛んでる
こんな長雨のとき、どこで雨宿りしていたのだろう

 蚊柱のようなちっこい虫の塊がキラキラしてる
蜘蛛の糸は強いな
雨で切れることもない
日に浴びているところを追うと途中で消える
蜘蛛は空を飛ぶというけど
はきだした糸が風であおられて舞い上がるんだろう
上空一万メートルでも見つかるというからスゴイ

 花火の音がする
この地区の運動会の日だった
強運の誰かさんたちが晴れにしたか

 雨樋からあふれていたのを
修理しなくては



2016年9月24日土曜日

ヨドバシ・ドット・コムでLR14AG 4MPアルカリ電池アルカリ1(ONE)単2形4本を買った

 4本組を2セットで8本買った。
 468円だがポイントが207円あったので、261円也。



  最初にダイソーに行ったのだが、1本パックしかなく100円もする。
 Amazonは送料無料をやめてしまったので、最近は送料無料なビックカメラかヨドバシをまた利用しだした。
 ヨドバシにポイントが残っていたので、探してみると今回購入した電池があった。

  送料無料で電池が注文した翌日の午前中に着く。
 便利さにやはり驚くとともに、ちょっと不安になる。
 実質261円しか支払ってないのに、こんなサービスしてやっていけるんだろうか。

  電池の梱包はいたって簡素。
 どこでも簡単に購入することができる品物をネットで買うことに少し気が引けてしまう。
 ダイソーは高かったが近所には電池を安く扱っているお店は何軒もある。
 地域を活性化させるためにはと、なるべく地元のお店で買い物をするように心がけているのだが
 なんか良い買い物をしたのかどうか、
 気持ちがパッとしない。




2016年9月23日金曜日

Nojima Online で SONY Bluetooth対応 CDラジオ   ZS-RS80BT を買った


 購入に至った発端は実にけちくさい。
自分でも嫌になるくらいケチだ。

 普段、曲を流すときは、MacのiTunesなどを使ったりしている。
音質も音量もよい。ビビることもないし、ジャンルに関係なくバランス良く聴くことができる。
古いMacの本体右スピーカーは壊れて音が出ない。
なので、Bluetoothスピーカーで鳴らそうかと考えた。
しかし、バッテリー充電器の電力がバカにならないことが気になりだしてしまった。

 2台のMacは共に充電するのに80W〜85wで約2,3時間かかってしまう。
これをほぼ毎日してると電気代が馬鹿にならない。
音楽を楽しむにしては、電気代がかかりすぎだ。

 次に、Bluetoothスピーカーなどのインプット端子に、iPodminiをつなぐことを考えた。
iPodmini充電器のワット数は大きくない。
これならスピーカーだけ購入すれば良い。
口コミなど頼りに探した。
それなりに納得できるものを選択すると1万円〜2万円になる。

 手元にあるiPodminiは2004年の第2世代だ。
使い勝手は今ひとつ。
泥沼にハマってきた感じがしたので、頭を整理した。

1.予算は1万円〜2万円
2.スピーカーの音は、くぐもったこもるのだけは絶対にダメ。
 大音量は不要。
 以前はTANNOYを中心にシステムを構築したが、
 ジジイになり耳が遠くなり常時耳鳴りが聞こえ聴覚は衰えている。
 現在のMacから出る音くらいの、そこそこの音で十分。
3.手持ちのusb,SDが使えればGood。
4.AM/FMラジオがあればGood。
5.Bluetooth接続はなくてもOK。CDはいらない。リモコンもいらない。

 検索対象を広げて、昔のラジカセや今で言うミニコンポなどググった。
ずいぶんと沢山の種類のオーディオがあるものだと感心した。
価格コムの現在売れ筋の情報が役に立った。
ちなみに、この製品はパーソナルオーディオシステムという。
なんか大袈裟で格好いい。

 品物は注文した翌日午前中に到着した。
速い。






ネットで買ったので一番気になった音が心配だったが、安心した。
これくらいの音質音量なら十分だ。
聴き疲れもない。
ラジオのアナウンサーの声が最初ちょっとこもった感じだったが、じきに慣れてしまった。
ジジイの耳はこんなもんだ。



 不満なのは、最近の電化製品すべてに共通する。
操作ボタンなどの文字の小ささと見にくさだ。
液晶の表示窓は明るさを3段階に調節できて、よい。
電子オーブンレンジの液晶画面の明るさが調節できずに、使いにくのに比べるとよいのだが、
この画像を見て欲しい。
ちょうどこんな具合に見にくいのだ。



角度を変えると一応読めるのだが、このラジオの前でボタンをポチポチするとなると、見えない。



懐中電灯で照らしてやっと読めた。
録音関係の3箇所は赤文字になっているのだから、設定のところは黄色とか
他のボタンも青色とか工夫して欲しかった。

 今のところ、午後から鳴らしっぱなしにしている。
SDからは問題なし。
Bluetoothもあっさりペアリングして音質の低下などなし、良い音で鳴っている。
途中で切れることもない。
この値段で、これだけの機能をもっていれば、言うことはない。
操作の文字は小さく読みづらいが、操作自体は簡単にできる。

 もともとスピーカーが欲しかったところから出発して、
スピーカーに加えること、こんな多機能なものを手にしてしまった。
後は耐久性だな。
こればっかしは使い込んでいくしかないか。
まっよい買い物をした。
めでたしめでたし


 ところで、スマートフォンをはじめ携帯電子製品は、本来の目的を離れて多機能化し
あれでもかこれでもかと他社製品との差別化が激しい。
一方、バッテリーはリチウムイオン電池が最先端で、
多機能を支えるには荷が重く、負担が大きすぎる。

 ボクは従来型の携帯電話だが、
電話とメールができて画面が見やすく、バッテリーの持ちが良ければそれで十分だ。

 もしそれ以外の機能が欲しかったら、それを目的とした単体の機械を持つ。
音楽を暇つぶしに電車の中で聴きたかったら、手持ちのiPodminiを使う。

 バッテリーに負担がかかれば、結局バッテリーを交換するか、買い換えるしかないだろう。
携帯で持ち歩くということは、イコール、バッテリーが一番肝心になる。

 最近では携帯電話の2台持ちが多いそうだ。
料金節約が目的だろうが、バッテリーのためにはそのほうがよっぽど良い。


2016年9月22日木曜日

鎌倉鶴岡八幡宮 初詣

 ボクは高校生。
正月2日、鎌倉は鶴岡八幡宮に初詣へ出かけた。
駅の前から人混みでごった返していた。
まわりの人達は、晴れ着で表情も明るい。
通学に着ている薄っぺらなコートのボクは
もう少しましな格好をしてくればよかったとうつむいて
脚を引きずるように歩いていた。
靴もボロで情けない。
友人数人と出かけたのだが、混雑にまぎれ皆とはぐれてしまった。

 初詣客の小石を踏みしめる足音の中から
抑揚の強い、アクセントがわざとらしい声が聞こえてきた。
遠くを見ると、手作りの看板を掲げている、西洋人とおぼしき人が声を張り上げていた。

「しんじ〜るものぉはぁ〜 すっくわれ〜っ まぁ〜すぅ」

 もうずいぶんと声を張り上げていたのだろうか。
顔面真っ赤になっていた。
少しづつ近づいてくる、その人をボクは観察した。
正月だからといって小綺麗な服装ではなかった。
かといって貧相ではない。
どことなく、下町のサンドイッチマンの雰囲気が漂っている。
この人は、どこに焦点を合わせて話しかけているのだろう。
初詣客の頭の上を過ぎ去る風にのせて、音を運んでいるだけなのだろうか。

 鎌倉には八幡宮に向かう通りに面した、鎌倉雪ノ下教会がある。
駅からすぐである。
そこの関係者が正月一番、信者獲得の辻説法を行っているともおもえない。

 そのころ、都内の大きな駅の前では
同じような形の看板を掲げ、声を張り上げている西洋人をよく見た。
ほとんどの人は何事もないかのように、ただ通りすぎて行った。

 初詣客はその人のところだけ数人分の隙間を作り、避けるように歩いていた。
だいぶ近づいてきた。
歯並びはよく、髭を生やしてる。目玉は輝き、視線もしっかりしているが
やはり、どこを見ているかははっきりしない。
マイクも使わず、地声で張り上げ、声量もあり、よく通る声だ。
あちこちで鍛えてきたのだろう。
コレほどの群衆の中でも、ひるまず身じろぎもしない。

「しんじ〜るものぉはぁ〜 すっくわれ〜っ まぁ〜すぅ」

 余分な言葉ははさまずに、ひたすらこの言葉を繰り返す。

 突然、大学生くらいの青年がその人の前に飛び出した。
青年は叫ぶように、その人に向かって一気に早口でしゃべった。
「信じれば本当に救われるのですか?
本当に信じれば救われるのですか?
信じるだけで、信じるだけで救われるのですか?」
青年は必死の形相であった。

 周りの群衆は一斉に、その青年と西洋人を見た。
青年の西洋人を見上げるその真剣で悲壮感のある目をボクは見ていた。
強く訴える眼力に、西洋人の喉仏がゴクリと動いた。
青年は両方の手のひらをすがるように、看板を掲げている西洋人の腕に押し当てて
「信じれば、救われるのですか?
信じるだけで救われるのですか?」
青年は滑舌よく、ハッキリと尋ねていた。

 西洋人は、今までどこにも合わすことのなかった視線をその青年に向けた。
低い潤いのある静かな声でその青年に語りかけた。
「しんじるものは、すくわれます。」
流暢な日本語だった。
声高に叫んでいた今までのものではなかった。
落ち着いた包み込むような優しい声であった。

 青年は両手をその西洋人からはなし、だらんとさせた。
西洋人はそれだけのことを言うと、
すぐにまた、どこを見ているかわからない視線を遠くへ投げた。

「しんじ〜るものぉはぁ〜 すっくわれ〜っ まぁ〜すぅ」


2016年9月21日水曜日

麻薬と筋肉増強剤


 どちらにも共通する事柄として、
犯罪行為としての薬と、医療への薬の二面性がある。

 麻薬のうちのある分野は麻酔薬として医療には必須薬だろう。
麻酔医がいるし、ペインクリニック専門の診療科もある。
外国では、痛み止めがごく普通に使用されるとのことだが、
日本では今でも、我慢が一番の信仰が強いらしい。
 
 国の麻薬撲滅の宣伝が国民に浸透しきっているからか。
ボクは痛いのが嫌なので、ためらわずに痛み止めをお願いしたい。


 筋肉増強剤は運動選手との関わりで出てくるが、
医療への応用ではどうなのだろうか。

 たとえば、足腰の弱った年寄りが歩行のリハビリを始めるにあたって
筋肉増強剤をそれぞれの程度に見合った量を処方する。
介護施設などでも、なるべく自分の力で動くことが一番であるから、
やはり、あと少しの力があれば自力で動けるのにというとき、使えないか。

 加齢で日常活動に困難が生じることがある。
筋力の増強があれば、自力でどうにかなるというときに、
使われるなら助かる方は、大勢いそうな気がする。

 麻薬の方の二面性はよく聞くのだが、
筋肉増強剤の方は、運動能力アップの不正行為だけだ。
それとも、もうとっくに日常に浸透しているから、話題にならないのかも。
どっちなんだろ。


2016年9月20日火曜日

バスの運転手さん

 一人ををおんぶし、もう一人は手を引いていた。
バス停まで見送りに来てくれたお婆さんに、
「ほら、雨がひどくなるめーに、けーんなよ。さぁのった、のった。」
押し込まれるようにボクたちはバスに乗り込んだ。
上の子は窓際のいつもの座席に座り、おでこを窓ガラスにくっつけて
お婆さんに手をふっている。
見えなくなるまで、子どもはバイバ〜イを連呼し、手をふっていた。

 この時間帯のこのバスはボクたちにとって、とても貴重なバスなのだ。
この時刻に発車するバスは、自宅そばのバス停まで乗り換えなしで行くことができる。
それ以外のバスは、接続する電車の始発駅が終点で、結局電車に乗り換えて歩くことになる。
幼い子どもを連れて、乗り換えは大変である。
時間も直通のバスに比べて倍以上かかってしまう。
子どもは電車にも乗れて喜ぶのだが、父親のボクはやはり乗り換えないほうがよい。
家についたら、風呂に入れて夕飯を食べさせなければならない。
焦ることもないのだが、子どもたちを決まった時間に寝かせたいので気はせいてしまう。

 上の子はお婆さんが見えなくなると、次のことにとりかかる。
子どもの目はもうそのことでキラキラ輝き、口元はそれを実行するときを待ち、キリッとしている。
子どもの決心と歯ぎしりが伝わってくる。
降車する一つ手前のバス停から、その緊張が伝わり始める。
そのバス停を過ぎると次がいよいよ降りるバス停だ。

「次は◯◯。降車する方はそばの降車ボタンをお押しください。」
アナウンスが流れる。
子どもの手が伸び、指で丸いボタンをとらえようとした瞬間、
ピンポン、「次△△停車します。薬はさとう薬局、さとう薬局でお求めください。」
音が鳴ってしまった。

 子どもの顔が驚きと無念さでひきつっている。
子どもは母親の実家にあずけられた昼間から、
半日近くこのバスの降車ボタンを押すことを楽しみにしてきていたのだ。

 お婆ちゃんの家に来ると、帰りのバスが楽しみだ。
落書き帳には、いつもクレヨンでバスと降車ボタンの絵を描いていた。
その色のクレヨンだけがすっかりチビテしまっている。

 小さな長方形の箱の中に梅干しみたいな、まあるいえんじ色のボタンがある。
生唾をゴクリとしながら、
自分で描いたそのボタンにそぉ〜っと、人差し指をのせてみたりした。
そうすると、頭のてっぺんの方からピンポンとくぐもった音が聞こえる。
今度は、ボタンの近くまで人差し指を近づけ、勢いよくグゥッっと押し込んでみる。
前のときよりも輪郭がハッキリとピンポンと音が飛び出す。
そんなことを何度も繰り返していた。
人差し指の先は茶色く汚れてしまい、お婆さんにいつも拭いてもらっていた。

 自分自身でこの小さな機械を操作し、音が鳴り、アナウンスが流れ、バスが停車する。
すべて自分から始まって自分の力で行うことができる数少ないことのひとつなのだ。
自分でその操作がうまく行ったときは、帰宅してからも
何かの動作の区切りで
ピンポン と言って、ご機嫌に次のことにとりかかる。
柱のお気に入りの節目を押して、ピンポン。
それくらいうれしく有頂天になることができるのが降車ボタンなのだ。

 それが、何ということだ。
どこかで何かの手違いでもあったのだろうかというような呆然とした表情で固まっている。
目には涙がいっぱい、たまり始めていた。

 外は本降りになっていた。
子どもと降車口へ向かうと、おんぶしていた下の子がグズって泣き始めた。
上の子は口を真一文字に固く結び、涙をこらえている。
運転手さんの前の機械に運賃を入れようとポケットを探ると、ない。
あせった。
いつもは必ず用意してある小銭がこんな雨の日に限って忘れるとは。

 おんぶしている子どもは泣き出し、手を引いている子は涙をこらえ、
ボクは自分のかさばる荷物を持ち、傘をかかえ、
料金箱の前で財布を出しガサゴソしてると、気持ちばかりがあせった。
小銭が出せない。

「おとうさん、いつも頑張るね、いいよ、いいよ、今度でいいよ。」
運転手さんの声だった。
ハッとして、運転手さんの方を見た。
左手で降車口の方をさしながら、笑顔で
「子ども降りるとき気をつけて」
ボクは深々と頭を下げ、次乗るときに必ずお支払いしますからと約束して
降車した。

 バス停で、遠ざかるバスの後ろ姿にもう一度ボクはおじぎをした。
すっかり暗くなった街路を行き交う車のヘッドランプが、降りしきる雨の隙間からまぶしかった。
必ず払いますから、さっきは助かりました。ありがとうございました。
何度も繰り返した。
バスの赤い後尾灯は雨にかすみ、見えなくなっていた。

 「お父さん、降りるときお金払わなかったね」
固く結んでいた子どもの口から、声が聞こえた。
子どもに簡単に説明した。
「やさしい運転手さんだね」
子どもの声はいつもの感じに戻ってきてるようだった。

 子どもの目が正気をとりもどしてきた。
どうしたのだろう。
しきりに目線で何かをうながしている。

 降車したバス停のすぐ脇にある横断歩道の押しボタンを見て、といっているようだった。
子どもは気づいていた。
これなら誰の邪魔にもされない、自分にしか押せない。
目が押していいか聞いている。
子どもは力強く人差し指で押し込んだ。

 子どもがお父さん青になったよ、渡ろうよと言っている。
ボクは青になったのに気づかなった。
ハッとして、とりつくろう。
はい、右見て、左見て、もう一度右見て。

 手を引いている子どもと背中の子が濡れないように傘をさした。
前から吹き込む雨はボクの顔にあたっていた。
家までもうすぐだ。
手を引く子どもの手を、少し強くぎゅうっと握った。
子どもの手は暖かかった。

 なんか目がにじむ。
どうしたのだろう。
今度はボクの目に涙がたまり始めていた。

 あめあめフレフレかぁさんが〜
握っていた子どもの手を大きく振り出しながら、
ボクは歌い始めた。
雨でひどく濡れていた夜道を、靴でわざとバシャバシャと音をたてて歩いた。
子どもも面白がって、雨道を踏みつけるように音をたてた。

 じゃのめでおむかえうれしいなぁ〜
顔にあたった雨が、冷たくて気持ちいい。

 ピチピチじゃぶじゃぶランランラン
子どもは機嫌をなおし、ボクと一緒に歌っていた。
子どもの手がボクの手をふっていた。

 さあ、そこの角を曲がれば家の玄関が見える。
あともう少しだ。
おんぶしている下の子はいつの間にか、泣き止んでいた。


2016年9月19日月曜日

素数番目が素数である数の列を調べた

 Mathematica4をインストールして正しく動作しているかどうか遊んでいたら、
約2年半前に遊びながら調べたことを思い出した。

 こんな数列である。
    1番目の素数は      2、
    2番目の素数は      5、
    5番目の素数は    11、
  11番目の素数は    31、
  31番目の素数は  127、
127番目の素数は  709、
709番目の素数は5381、
・・・

このようにして得られる数を並べると、次のようになる。

1, 2, 5, 11, 31, 127, 709, 5381, 52711, 648391, 9737333, 174440041,・・・

おもしろそうだ。


 調べるとこんな論文集があった。




この中にいくつかの数式処理プログラムでこの数列を得るための式があげられている。
MATHEMATICAのところには、こんな短いコマンドがある。

NestList[Prime@# &,1,16]

短いと入力が楽ちんだ♪

 Ver4で実行してみた。
10分近くかかった。

うーん、すごっ!
だってこんなに短いコマンドでこの数列を導いてしまうなんてすごすぎる。
こういったコマンドを実装しているから当たり前といえば当たり前なんだけど、
素数に挑む執念、MATHEMATICA恐るべし。
Ver8でも実行してみた。さすが何倍も速かった。

気になって時間を測った。
MacBookPro2007_bootcamp_Windows10_Ver4 : 594.66 sec
                      MacBookPro2011_Yosemite_Ver8 :   47.58 sec

 では、NestList[Prime@# &,1,16] をちょっと細かく説明しよう。



Prime[ ]関数をネスティングさせてそれをリスト形式で表せ、という意味だが、
一番わかりやすく表すと次のような、ながーい計算内容を一行で表していることになる。




ちょっと長すぎた。
第14項目(Out[20])まではほんの一瞬で計算がすむ。
第15項目で1秒かかるかどうかぐらい。
第16項目で数秒、
最後の第17項目で10分弱、
2428095424619番目の素数を求めるのにほとんどの時間を使っていたということになる。
第18項目以降は気の遠くなるような時間がかかるのだろうね。ふぅー。

 話は、がらっと代わって円周率は求める桁数が多くなれば0から9までの数の出現率は
同じになってゆくけど、
素数ではどうなんだろう?
 
 2016年春に一の位の出現率に偏りがあるっていう論文が発表されているけど、
どうなんだろうねぇ。
やっぱ、素数はおもしろいな。



2016年9月18日日曜日

MacBook Pro (15-inch, 2.4/2.2 GHz) Mid2007のスピーカー

 このBlogでMidのところをLateとして表示してきましたが、Midが正しいようです。
しかしアップルのHPではMacBook Pro (15-inch, 2.4/2.2 GHz)とだけ表示され、
これが正規のモデル名でした。

 このサイトで正式名を識別できます。
MacBook Pro モデルを識別する方法 https://support.apple.com/ja-jp/HT201300

 この機種は画面が真っ暗になってしまうというリコールがあり、
数年前にマザーボードを取り替えました。
それからしばらくして、右のスピーカーの音が出なくなってしまいました。
音の外部出力はこわれていません。

 数日前に、たくさんのネジを外して、右のスピーカーをペコペコさせてみたり、
周辺のゴミを飛ばしたりしたのですが、治りませんでした。

 スピーカー部品だけ販売しているかどうかネットで調べるとありました。
しかし、高い。
送料入れて三千円以上もする。
国際郵便になるともっとアップするでしょう。



 ちなみに、このサイトではネジまで販売していて、これがまた高い。
3000円!

 国内で千円以下で売ってないかなぁ。



2016年9月17日土曜日

ソルトミルの分解掃除

 ゆで卵にかけた塩が、錆の味がする。
ソルトミルをひっくり返して見たら、アララ・・・
赤錆が見事にできてしまっていました。

 以前から錆が発生していたのはわかっていたのですが、
ここのところ点検をサボっていたのがよろしくありませんでした。

 全部バラして分解掃除をすることに。
錆の程度がそれほどでもないときに、掃除していればこんなに重症ではなかったのに
このサボりのつけはでかかった。
ステンレスの内部にまで侵食してしまっていて、そこのところは黒に変色して落とせません。

 ようやく、いくらかきれいになりだして
表面の刻印されたアルファベットを見ると、
アレッ、ローマ字?、日本語じゃん。
IKEDA
ネットで調べたら、日本の老舗メーカーでした。



 このソルトミルは30数年前、フランスの大きなスーパーで購入したものです。
このときは食料品やらなんやらいろんな物品を大量に買ったうちのひとつでした。
レシートの長さが数メートル位あり、このソルトミルはレジで打ち込みミスだったみたいで
記載されてませんでした。
単純にラッキーと喜んだのですが、
買った品物より代金を多く取られていることもよくあることらしく
結局は五分五分との結論でした。
現在ではどうなっているかわかりませんが、のんきなもんだなぁとおもった次第であります。

 ずっと何十年もフランス製だとおもっていたボクも相当なお馬鹿さんであります。
でも、分解途中で気づきました。
これってもしかしたら日本製?
金属の組み立て方や仕上げ感が、外国製にありがちな乱暴な作りではないのです。
まぁその感覚は当たりでしたが、30年以上手入れをほとんどしないで
塩にさらされるという、極悪環境で使用に耐えるという素晴らしさ。

 テレビで日本の伝統技術の素晴らしさを伝える番組をよく放送しています。
日本ってイイな感にひたるのはよいのですが、
一方で、日本の伝統技術伝承の危機感を訴える番組でもあるわけです。
ボクとしては、そちらの気持ちで見ることがほとんどだなぁ。

 このソルトミルは同じ種類に、胡椒・ゴマなどがあり需要が切れることはなさそうなので
販売し続けてくれるとおもいますが、やはりちと不安ではあります。

 研磨剤の入ったクリームをつかったり、ヤスリをかけたりしましたが今ひとつっていう感じ。
細長いダイヤモンドヤスリでゴシゴシ、ゴシゴシ、
落とし方としては乱暴すぎます。
ステンレスの表面に傷がたくさんできてしまい、赤錆は落ちるけど金属に傷ができて
そこを錆の根っこにしてるようなことになるので、イケマセン。



 組み立てて、塩に錆の味はしなくなりました。
目的達成
めでたしめでたし





2016年9月16日金曜日

Windows10 に Mathematica Ver4 をインストールした

 Windows10は
MacBookPro_2.4_2.2GHz__Late_2007のBootCampにあるWindows10最新版です。

 Mathematicaはライセンスを2本持っているのですが、1本はこのVer4止まりながら
充分に活躍できますので、Win7で使ってたものをWin10へインストールしました。



インストーラーは使えませんので手動でインストールです。

 次のようにすれば日本語キットも一緒に簡単にできます。
ただし、パスワードは代理店を通じて手に入れてください。
ヴァージョンが古く、ウルフラムのHPからは手に入れることができません。
インストールCDの以下のフォルダーを単純にコピーするだけです。

① Program Files(x86) へ Wolfram Researchフォルダーをコピー

② Program Files(x86)¥Commomm Files へ Mathematicaフォルダーをコピー

③ Windows へ ml32i1.dll と ml32i2.dllファイルをコピー
  (エラーが出たらSystem32にもこの二つをコピー)

 たったこれだけでインストールできるのに、
インストーラーではねられて諦めるなんてもったいないです。
Mathematicaは大変に高価ですが強力で、気に入っているのですが、
どうもウルフラム陣営のクローズドの雰囲気がイヤです。

 Ver4程度の能力で普段使いは十二分なのですから、
そのくらいまでのヴァージョンは無料にしてしまって、
使っている人をMathematica漬けにしてしまえばよいとおもうもです。
味を覚えさせてしまってから、
より高度なアレもコレもでき、他のアプリとの連携で何倍も力を発揮できるヴァージョンは
有料としたらどうでしょうか。
なぜか、ラズパイにはMathematica10がインストールされていて、
これは実質無料と言えなくもありません


 まっ、とりあえずは
めでたしめでたし


2016年9月15日木曜日

NACK5火曜日21時45分頃「新山詩織のふたりごと」月末弾き語りコーナーが好き

 毎月最終週火曜日に新山詩織さんの5分程度の弾き語りが好きだ。
このコーナーを知ったのは、今年の春。
最初に聞いたのが「春なのに」だった。
素晴らしかった。

 2回の心臓手術後半年近くがたった頃だった。
完治は望めず、回復は今ひとつで、早めに横になる生活が続いていた。

 ベッド脇のラジオのスイッチを入れるとバカボンさんの声が聴こえる。
そして、詩織ちゃん今夜の歌は? と促す声。
始まったのが、「春なのに」でした。
術後の自由に動き回れないリハビリ生活をしてる身に
沁み入る歌声
本当によかった。

 それからは、一月に一回のこのコーナーが楽しみになっている。
放送を録音することも多い。
幸い、YouTubeにアップしてくれているので、それをダウンロードすることもある。

 ある曲がショートヴァージョンでしかダウンロードできないので、会員登録をして
ロングヴァージョンを聴いたこともある。
いい歳をして若いシンガーソングライターの会員になるなんて、ちょっと恥ずかしかった。
考えてみたら、こういった会員登録って初めてだなぁ。
なんか新鮮。

 詩織さんの活動や歌の様子はYouTubeにたくさんアップされているけど、
ボクはこのコーナーが一番好きです。
バカボンさんとのリラックスした会話で、一番詩織さんらしさがでているとおもう。
生放送以外では、どうしても編集してしまうけど、
このコーナーは正真正銘の生放送生演奏♪
生放送の一発感と緊張感
そして歌声とギター一本
たまらんのです。

「春なのに」以降、気に入っているのが以下の数曲。
もちろん他の曲も素敵なのだけれど、
ボクの歩んできた階段のステップと、これらの曲のほぼ10年ごとのリリースが重なって
思い入れのある曲なのです。
 
思秋期 岩崎宏美  77年リリース 阿久悠 三木たかし 18歳の頃を思う秋の日
M    プリプリ     88年リリース         失恋の歌
未来へ キロロの玉城千春 98年リリース    未来への不安と励ます母の愛への葛藤

 詩織さんのオリジナルも聴いてます。
オリジナルは当たり前だけど現代曲。
カバーしているのは古典。
どちらも同じ音楽、頑張って精進して下さい。

 と、ここで今日のBlogは終わりにするつもりだったんですが・・・

 今日の午後から、この4曲をiTunesに放り込んで、
アルバム名「新山詩織ふたりごと弾き語り」を作り、何度も繰り返し聴いていた。
アルバムの表紙はなぜかNACK5になってしまったけど、まっこれでイイヤ。



 この弾き語りのコーナーが始まってから、今までの曲を一覧にしてあるBlogがあった。
一月に一曲のペースを休みなく続けているのってかなり大変だとおもう。
喉も手もいたわって下さい。




2016年9月14日水曜日

ピーター・バラカンさんのこと

 有名なブロードキャスターで、音楽評論もたくさんされてる方です。
ボクと同世代で、雑誌やTV・ラジオなどでたくさん登場し、
好んで読んだり見たり聴いたりしてます。

 彼が雑誌か新聞のコラム、(いやラジオだったかなぁ)で、
日本に始めてきたときのことを話していた内容が何故か印象深く、今でも覚えています。

 1975年、梅雨時の雨降しきる、ジメジメした夜の羽田空港に到着します。
空調の効いていた機内から一歩外に出ると、ねとつき、まとわりつく空気と湿気。
初めての日本の洗礼で気分は落ち込みます。
 
 迎えの車で首都高を走ります。
雨でけぶったビルにへばりつくように虚ろな光でボンヤリと見えるネオンサインが
カラフルという輝きとは程遠い、場末の匂いを放ち
「なんていうところにきてしまたんだ」
と、さらに気分を落ち込みさせます。

 着いたばかりなのに、もう帰りたい。
このまま車を羽田へ向けて、帰りの飛行機に乗りたい。
産業道路沿いの疲れた工場群が見えてきて気分は今までよりも何倍も激落します。
「日本なんてこなきゃよかった。」
「帰る。」
本当にそうおもった。

 こんな風に書か(語ら?)れていたのですが、
40年以上前の記憶なので確かではありません。
この後にもいろいろ書いてあったはずなんですが、
この初めて日本の土を踏んだときの、戸惑いと憂鬱さと極端な落ち込みのところが鮮烈で、
ボクの性格がひん曲がっていると誤解してほしくはないんですが
初日本でウキウキしてないところが、好感を持ったのでした。

 彼は昨日(20160913朝日)の夕刊でカタカナと英語発音のことに言及しています。
ボクもかねてより興味を持っていた事柄でした。

 その紙面からひろうと、
ポール・マッカートニー ポール・マカートニ
モンキー マンキ
マネー マニ
ショッピング ショピング
ランニング → ラニング
ハッピー ハピー
セロニアス・モンク セローニアス・マンク
テキサス テクサス
などなど

 ボクの発音に関しての数少ない自慢のひとつは
「日本語の本当に上手な外国人は、カタカナを正確に発音のできる人である」
という定理があります。
つまり、バラカンさんの言われていることと逆なんです。
(はなしの内容としては同じことを言っていますが)
これができる外国人の方って、実に少ないんです。
どうしても元の発音が残ってしまうんですね。

 この件に関しては
中浜万次郎ことジョン万次郎の「英米対話捷径」が参考になります。



ジョン万次郎は先入観がなく、ローマ字もまだなかったので、
彼が耳に聞こえた通りの正確なカタカナで記しています。



 ちなみに、ローマ字のヘボン式の「ヘボン」の英語は「ヘップバーン」。
だから、映画「ローマの休日」の女優さんの名前は「オードリー・ヘボン」。
あれっ、オードリー ??? (春日かね)


 以前米国への飛行機の中で水が飲みたいのに通じなくて困っていたご婦人に
ワラと言ってくださいと伝えたところ、大変に喜ばれました。
まずは伝わる発音を音から学び、正確な発音はその後に学び繰り返すべきなんです。

 バラカンさん、これからもご活躍お祈りしています。




2016年9月13日火曜日

個人金融資産の大半が預貯金なんだと

 ふぅ〜ん そんなんだ。
当たり前だとおもうけどな。
誰だって、明日のメシ代を博打には使わないさ。
使う人達のことを、博徒って言うんじゃなかったっけ。

 堅実な日本国民を、博徒にしようってぇことかい。
ざけんじゃ〜ないよっ。
預貯金でいいじゃんか。

 明日の飯のお金に心配のない人が、不動産・株式・国債などに投資して稼いで下さいな。
自分の分をわきまえずに、生活のためのお金を投資に賭けるからおかしなことになっちゃうんだよ。
専門家という人たちはどうしてこういった庶民感覚ってぇーのがわからんのだろうねぇ。

 預貯金でアヘアヘ言って生活している人たちに
博徒への誘いはやめてくれっていうもんだぁ。


2016年9月12日月曜日

日本の外交についておもうこと

 現在の自分の考えとまではゆかない、おもいを記しておきたい。
2011年3月11日、東北で大震災があった。
あの時、ロシアや中国、他の国々もたくさんの援助をしてくれた。
最近では報道されないだけで、実際の回復にはこの先何十年もかかりそうだ。

 特に原子力関係は、意図的とも思われる「隠し」が続いている。
放射能汚染されたものは、一万年地中に埋めとくなんていう、馬鹿なことを
真面目に言っている。
自分たちで処理しきれないものは、すべて未来にまかせる。
無責任の極致を、平然と言ってのけるところが、すでに企業として破綻している。

 ロシアは震災後、北方領土のテコ入れを強化しだした。
北海道を旅行したとき、根室・標津・羅臼などから北方四島のひとつ国後島を望んだ。
手を伸ばせば届きそうな距離だった。
北方四島を返せと島に向かって叫んだこともあった。

 北方領土問題は一通り学習はした。
敗戦前後のドタバタした時期に進攻占領するなんて、無効で卑怯だなんて言ったって
それが戦争という現実なんだろう。
日本国内の戦国時代、下克上や裏切りや、なんやかや、なんでもありの中での戦続きだった。
なんとか徳川が生き延び、3代に渡り基盤を固め、平和な時代をつくった。

 終戦処理で当時のソ連は北海道を占領しようとしていたのだから、
北方四島ですんだのはマシだったかもしれない。
戦争を起こし、負ける、とは
このようなことなのだと肝に銘じたい。
 
 中国は尖閣諸島の魚釣島を実効支配しようと、あらゆる手を使って挑んできている。
韓国は竹島を実効支配(不法占拠)してすでに、70年近くになるのだろうか。
当時の大統領が韓国の国旗を持って上陸して、アピールしたこともあった。


 大震災で日本の国力が弱まったときに、日本列島を取り巻く露中韓は圧力をかけだした。
相手の勢いが衰え体力も弱まったときに攻める、外交の基本だ。
なんてわかりやすく基本に忠実な国々なのだろう。

 ロシアは外交に関して日本より何枚もウワテで手強いなんて言うもんじゃない。
領土問題でも中国やインドなど他の国々ともドンパチしたり、
一方的に国境線を決めたりして解決してきている、経験豊富なやり手だ。
懐のジョーカーをチラリチラリと見せ隠ししながら、相手の譲歩を引き出す。
こんなことをしてきたし、これからもずっと続けるだろう。

 こんな国とは、こちらから手を切るのが一番だとおもう。
かって、北方四島に住んでいた方々には大変申し訳ないが、
将来のためには、北方領土は諦めるのが最善ではなかろうか。
ロシアの切り札をゴミにしてしまってから、改めて二国間の外交を始めれば良い。


 竹島や魚釣島については、こんなふうに考えている。
歴史的経緯があることは、外務省のHPにもある通り承知はしているが、
領海は広ければ広いほどよいなどという考えは、
かっての大東亜圏云々を喧伝していた頃と同じではないか。
領海の排他的経済水域にはたくさんの資源が眠っているといわれ、
実際に最近、南鳥島近海でノジュールというレアメタル含有塊と泥が莫大な量、発見されている。

 広大な領海を保有していれば、このような資源がいつか見つかるかもしれないし
漁業権だって大きな利権問題だろう。
だが、何よりも大切なことは、
日本という国が、交易・貿易で食っていくためには
他国と良好な関係を築いて生きて行かなければならないことにある。
現在もこれからも居住するには難しく、漁業権や資源だけに目が奪われ、
この二つの島に固執してはいけない。
日本の将来の国是を見失うのは、避けなければならない。

 この島にこだわり、国際紛争を起こし、命を失うものが出てくるかもしれない。
この島のために失うものと、得るものを考えたとき、
失うもののほうがはるかに大きく、
仮に紛争後、現状維持ができたとしても、そのために失ったものを考えたときに
一体何が残るのだろうか。

 日本を守るとは、
その地名や正確な場所も言えないような人の住めない岩礁を堅持することではなく、
現在住んでいる地域の人々の衣食住を守ること以外に何があるのだろう。
それらが危険にさらされたときこそ戦わねばならない。
しかし、戦えば人が死ぬ。
勝っても負けても人が死ぬ。
そんな戦いは避けなければならない。
抜いてはならぬ刀を下げ、忍耐強く外交に励むしか他に道はない。

 竹島はこのまま静観する。
尖閣諸島は押したり引いたりしながら、中国の圧力が弱まるのを待つ。
これが目下の結論です。


2016年9月11日日曜日

Windows10に一太郎11をインストールした

 正確には
MacBookPro_2.4_2.2GHz__Late_2007のBootCampにあるWindows10最新版に
一太郎11をインストールした。
インストーラーがそのまま動き問題なく完了したけど、
ATOK14辞書への引き継ぎで小さな問題が生じただけでした。
(引き継ぐ方へのチェックマークを入れるところが、グレーのままチェックできない。
でもこれは、不具合ではなく、単に引き継ぐ単語がなかっただけかも)



 一太郎11は調べたら2001年発売なので、もう15年前の製品。
いろいろいじってみたけど、今のところは問題なさそうだ。
新しい一太郎とファイルの保存形式が異なって、
読み込めないファイルがあるかもしれないけど
PCの中にある今までのものが読み込めればとりあえずはOKなので、とりあえずは
めでたしめでたし。

 ついでに、一太郎ビューアをインストールした。
これもすんなりいきました。


2016年9月10日土曜日

NHK 解説スタジアム「どこに向かう 日本の原子力政策」8月26日深夜

 こんな深夜(23:55〜24:49)に生放送で7人の解説者が討論したそうだ。
あちこちで話題になっているので、調べてみた。

これ ↓ がよくまとまっていてわかりやすい。
「NHKの生番組で解説委員が反乱!? 7人の委員のうち6人が政府の原発政策を徹底批判する快挙!」
http://lite-ra.com/2016/08/post-2532.html 

YouTubeでもありそうだが、チェックしていない。
上記のサイトの話で充分よく分かる。

 話の核心は
「規制委員会は安全を保証しないし、政府も動かない。どうしたら原発を止めることができるのか」
になるのだが、
そうすると、『日本はなぜ、「基地』と「原発」を止められないのか』という本の出番となります。
その本では、基地と原発はまったくイコールの関係で、
日米合同委員会というところですべてが決まっているというのです。
首相といえどもそこの決定に異を唱えることは難しいというかできない。

 なにかというと、安保反対をとなえ、アメリカは日本から出て行けと
すぐにシュプレヒコールをするけれども、
日本からアメリカにすりより、
日本に居続けてくれとお願いしたことが外交資料などから明らかになっているのだから、
反対の狼煙をあげるところが間違っている。
沖縄だって、戦後しばらくして日本に返還しようとしたら、
当時の日本の政権が、三顧の礼をもって米国にこのまま駐留するようお願いしたのと同じだ。

 選挙で政権が変わったとしても、国の命令を平気で拒否する官僚がいるのだから、
根は深く攻めあぐねてしまう。 
何もかもが国民投票は反対だが、こと「原発」に関してはやってほしい。
原発の炎の上で、暮らすなんてもうイヤだ。
放射能が飛び散って、誰も住めなくなってしまう国土にしちゃダメだ。



2016年9月9日金曜日

天声人語 広島東洋カープ優勝のこと

 広島東洋カープが今日(2016年9月9日現在)にも優勝するかもしれないらしい。
オタフクソースは特売の準備で、てんやわんやか?

 「広島東洋カープの優勝」で思い出すのはずっと以前に天声人語で書かれていたこんな話だ。
齢とった米国人の老夫婦が広島に来た。
夫は若いころ軍隊で原爆直後の広島に入り、その悲惨な状況を見ていた。
その後、広島のことを忘れることなくずっと気になっていたのだった。

 体が不自由になる前に勇気をふるって、妻と広島を訪れる決心をした。
広島の駅に到着し駅前でタクシーをひろい、原爆資料館までお願いした。

 タクシーの運転手は片言の英語も話さなかったが、身振り手振りで親切に
現在の広島の街の様子を伝えてくれた。

 夫婦は2つ,3つ運転手に質問した。
川の側を通りかかったとき川を指差しながら、夫が聞く。
「カープは原爆で皆やられてしまって、どうなってますか?」
運転手はハンドルを握りながら、
「カープですか? 今年は強くって、リーグの一番上ですわ」と言いながら、
手のひらを右上がりの方向にすべらせるように車の屋根近く、上の方へ持っていった。

夫婦はオーノーと驚きながら、
手のひらであらわした鯉が上の方へ行ってしまったのを、浮き上がったと勘違いして
川の鯉は浮き上がって死んでしまい、やはり原爆で全滅してしまっていたんだとおもった。

 こんな感じで、老夫婦と運ちゃんの言葉のすれ違いを巧みなユーモアで組み上げていた。
深代惇郎さんの天声人語かとおもい、本でパラパラと探してみたが見つからない。
もしかしたら、天声人語ではないのかもしれない。

 不確かな記憶ではなく、実際の文章を読んでみたく、探しているのだが見つからない。
天声人語だったとおもうんだけれどなぁ・・・


2016年9月8日木曜日

「天文学者たちの江戸時代」 嘉数 次人 著 を読む

 徳川吉宗が改暦に熱心であったことを教わった。
天文学や天体観測も大好きであったらしい。
今どきのテレビのクイズ番組などのネタにもなっても良さそうだが、
吉宗が入れ込んだほどには歴史で取り上げられてはなさそうだ



 従来では天文占と天文学は密接に関係していて、
彗星・流れ星など天体観測の現象が社会経済・農産物などの吉凶を占うという役割があった。
そのようなことが江戸時代が終わる頃まで続いていたと思い込んでいた。

 しかし、吉宗以降、幕府は新進気鋭の才能ある人間を(身分は商人でも)幕臣としてとりたて、
彼らの、天体現象と吉凶は無関係であるという結論に従っていたことに、驚いた。

 東京上野源空寺に高橋景保・高橋至時・伊能忠敬の墓が並んでいるという。
上野駅とかっぱ橋道具街の中間ぐらいに位置している。
もう少し元気に外に出ることができるようになったら、花を手向けに行ってみたい。




2016年9月7日水曜日

エアコンの掃除

 我が家はエアコンが2台ある。
ダイキンS28GTSS-W (2007年購入)、普通のエアコン。
寝室に設置。
三菱ルームエアコンMSZ-JXV508S-W(2009年購入)、自動おそうじ機能付きで
この形式では一番パワーのあるもの。
居間&キッチンに設置。

 ダイキンのは2014年にリコールされ修理済み。
またリモコンが壊れてダイキンのネット窓口から新たに購入した。
使用感は良い。
フィルター掃除もしやすく2週間〜4週間に一度掃除機でホコリを吸い取っている。

 三菱のは自動おそうじ機能付きにまかせて、購入してから一度も掃除はしたことがなかった。
その間、冷暖房は問題なく機能していた。
一昨日「お手入れランプ」が点灯したので、昨日午前中掃除した。
1パネルを外し 
2ダストボックスを取り出し 
3エアフィルターを引き出し 
4フィルター台を引き出し
5アレル除菌脱臭空清フィルターを引き出し 
6上下風向フラップをバラした。
左右風向フラップは忘れてしまったが、見た目がきれいだったのでそのままにした。

 汗だくになって、1時間以上かかった。
2は回転部分にホコリがこびりつきまくっていたので、
ガムテープで何度も貼る剥がすを繰り返しとれるだけ取った後、ぬるま湯を流しながらブラシで洗い、竿にぶら下げて乾かした。
3のエアフィルターのプラスティックの枠にホコリが固くこびりついていて、
これを取るのに難儀した。
その他は、掃除機で吸い取ったり、固く絞った雑巾で丁寧に拭き取った。
結構大変でした。

 不思議なのが、ダイキンでフィルターを掃除するときのホコリの量と比べると、
約7年間一度もホコリを取り出さなかったのに、ダストボックスにたまっていたホコリはわずかだったこと。
ホコリは一体どこにいってしまったのでしょうか。
約2万時間使用すると、「お手入れランプ」は点灯することになっている。
約7年間の使用時間を計算してみたら、ほぼ2万時間なので使い方としては、それほどはずれてはいない。
ホコリをばらまいていることはないとおもうが、どうなっているのだろう。

 
 掃除をし終わって考えた。
この自動おそうじ機能、構造がよく工夫されて組み上がっている。
便利には違いないが、バラして掃除して、また元通りにしての作業が、ちと大変だな。
この機能のための部品が多く、どれかが故障したりプラスチック部分が欠けたりしたら、動作しないだろう。
7年7ヶ月(購入は2009年2月7日)ノーメンテナンスはすばらしい。
よく動いてきたから結果オーライなのだが、初めて掃除をしてみて、
この機能のための、複雑さに少し心配になった。

 ダイキンのほうは、フィルターのホコリを基本的にきれいにしていれば良いだけなので、
掃除については心配がない。

 能力はこのままで、自動おそうじ機能なしの方が、価格が数万円安くなるだろうし、
次に購入する時は、そのようなものにしようかと、汗をふきふき考えたのでした。
でも、齢をとったり、体が不自由だったりして、高所のフィルター掃除ができない家庭では、
こういった機能のエアコンは必需品なのだとも考えました。
両方のタイプがカタログにあるとよいのですね。


2016年9月6日火曜日

父が帰ってくるとき  その9

 父は70歳を過ぎた頃から、横浜には帰らなくなっていた。
池袋まで出てきて、食事をしたり、連れて行った孫を見に来たりはしていた。
ボクは父に新居にきてもらいたくて、車の免許をとった。
乗せてこようかと計画をしたのだが、実現しなかった。

 父は亡くなる前年の夏、兄の車で横浜を往復し一泊した。
父からの希望で、横浜を見たいのだと兄に連絡があった。
横浜への車の中で父は上機嫌だった。
兄の車の天井を杖の柄でさかんに突つき、
横浜に着くまでずっとボコボコと大きな音を出し続けていたそうだ。
港の見える丘公園や父の生まれ育った街を車で巡った。

 父は死期がわかっていたのだろう。
最期に自分のふるさと横浜を見ておきたかったに違いない。

 父の葬式が終わり、帰宅した。
車で3時間位かかった。
自宅の玄関に近づくと、あの匂いがした。
父の匂いだ。
父がきてくれている。
ボクは
お父ちゃんどこのいるの と声に出しながら
家に来てるなら出てきてっ と
家の中を探しまわった。

 匂いのする方を追いかけた。
部屋に入ってもいない。
次の部屋に入ってもいない。
そうするうちに、匂いはしなくなった。
死んでからとはいえ、ボクの家にきてくれたことがうれしかった。


2016年9月5日月曜日

父が帰ってくるとき  その8

 湯に入ると父はきまって
「銭湯はイイなぁー、手足を伸ばせて広くてイイなぁー」
と言うのを、何べん聞いたことだろう。

 頭を洗ってもらうときは、
あぐらをかいた父の右側の股のところに頭をおき、脚は外側に投げ出していた。
そのままボクが右を向いてしまうと、
父のものがボクの真正面にきてしまうので、真上をずっと向いていた。

 頭を洗ってもらっていた頃だから、小学校前のことだろう。
ボクは父の背中をゴシゴシ洗った。
もう少し右だ、もっと上だ と言われながら
ボクは立ち上がって両手で洗った。

 暑くなると父は銭湯へは下駄に浴衣で、下はふんどし一丁だった。
そんな父の着こなしがボクは好きだった。
風呂からあがると、ふんどしだけで帰った。
わずか1,2分の近さとはいえ、
恥ずかしいボクは父に浴衣を着てくれと懇願したが
父は無視して、番台を後にした。

 父が家についた頃を見計らい、浴衣を持って
ボクは風呂屋を出た。
いつもはそうしていたのだが、
ある時、父が出るより前に、ボクは浴衣をもって先に家に急いだ。
すぐに家の窓から風呂屋の出入り口の方を見た。
父が出てきた。
ふんどし一丁だ。
当たり前だ、ふんどし以外はボクが持ってきてしまっている。
父は何食わぬ顔をして、平然と歩いている。
ふんどしの白さが夕方の光にまぶしい。
裸の王様より格好いいと、ボクは家の下に近づく父を見下ろしていた。


2016年9月4日日曜日

父が帰ってくるとき  その7

 ひとりで銭湯にいけるようになり、
営業開始の3時と同時の一番風呂も好きになっていた。

 小学5年生か6年生のときだっとおもう。
一番風呂だとおもって入った男風呂には先客がいた。
同級生の女の子Kちゃんとお父さんだとすぐにわかった。

 同じ団地に住んでいるので、Kちゃんはたいてい女風呂に入ることを知っていた。
珍しいこともあるんだなとおもった。
お父さんとKちゃんが一緒に入っているなんてはじめての光景だった。

 ボクはさっきまで学校で一緒だったKちゃんに話しかけた。
「ずいぶん早いじゃん」
お父さんと並んで座って、背中を見せているKちゃんは
鏡の中でボクの方を見て
「うん」
とだけしか言わなかった。
鏡の中のKちゃんの顔は、いつもの感じとは異なって硬いような気がした。
背中が丸まり縮こまっているような感じもした。

 ボクは浅い方の湯船の端に腰掛け、
脚でお湯をかき回したり、手でお湯をすくったりしていた。
Kちゃんはお父さんの背中を洗ってやったり、
自分の背中をお父さんに流してもらったりしているようだった。

 湯船はもう一つあり、こちらは少し深くなっている。
そして、こっちの湯は薬湯になっていて、焦げ茶色の湯で底まで見えない位の色がついている。
匂いも漢方みたいな、ちょっとクセがあり、これが苦手な人もいるだろう。

 Kちゃんはボクの後ろを通って、深い方にザブンと入った。
ボクの方をチラチラ見ているので、Kちゃんのほうを見ると
Kちゃんはすぐに目をそらした。
そんなことを何度か繰り返しながら、相変わらずボクは脚や手で湯をもてあそんでいた。
「じゃぁね」と言って、
Kちゃんは湯船から出て、スタスタと脱衣場をとおり、女風呂へ行ってしまった。

 Kちゃんのお父さんが、湯船に入って、
「いつも、ひとりで来るのかい」ときかれた。
湯をかきまわしながら、
「はい」
と言い、湯につかった。
じゃぁーとあふれ出る湯の音がした。


 実家に帰ることがあると、銭湯に行った。
湯につかりながら、
あの時はと、ふと考えるときがあった。

 父親は娘と風呂に入りたかったのだが、
娘はもう女の子らしい体つきになり変化もしてきている。
お客さんの少ない開店間際なら大丈夫だろうからと
娘に言って聞かせ、来たのではなかろうか。
 まさかそんなところを、さっきまで教室で一緒だったボクに
見られるとはおもってもみなかった。
照れくさくて恥ずかしかったのだろう。

 性的に未熟であったボクは
そんなことはこれっぽっちも気づかなかったが
とっくに大人びていたKちゃんはそのときの風呂場の
湯気の中に異なったものを感じて見ていたのかとおもう。

2016年9月3日土曜日

「欅 有岡利幸」を読む

 ケヤキの話だけで一冊の本だ。
正確にはケヤキの文化史を幅広く論じ、
最後の章では育て方やケヤキの造成林の育成方法を詳しく述べている。
ケヤキだけで一冊の本にすることができるかどうか、
心配であったと著者の有岡氏は心配されているが、
読後感は、杞憂だったとわかる。



 様々な説明をされているところは、是非カラー写真の画像がほしいところであるが
そうすると、本自体のページ数や価格にはね返るのは必死であるから
やむを得ないところなのだろう。
細かい説明文の単語から、ネットで検索すれば写真は得られる可能性は高い。

 街路樹や身の回りに見かけることの多いケヤキが、
古代より神聖なものであり、万葉集などでも歌に盛んによまれていることに驚いた。
また防災林として、トップクラスを誇る能力の高い樹木なのだ。

 ガラスの電球の型の材として、ケヤキが使われていたという。
5000回程度は大丈夫だそうだ。
和菓子の型取り用に桜材が使われるが、ガラスの型にケヤキとは知らなかった。



 江戸時代、山林を管理する地元民と幕府や藩の役人との
やり取りの古文書も興味深い。
大径木のケヤキを切り出し、死刑になったものや磔で命を落としたものもいる。
一方でどんなにお金を積まれても決して売らずに手入れをし、
守られてきたケヤキもたくさんある。

 木工でケヤキをよく使うが、思い入れが深まった。
街路樹のケヤキ並木が近所にあるが、樹勢を見上げるだけでなく、
根を張る地中まで、思いをはせるようになった。

 7年前に制作したケヤキの小さいキャビネットがある。
埼玉県川越で伐採した、樹齢80年前後の性質のよい材である。
どのような水を吸い、広げられた枝々はどんな風景を見てきたのだろう。
「木が語る」ことができたら
どんな話を聞かせてくれるだろうか。
人の一生はつくづく短いのだと、
キャビネットをなでながら、おもう。


2016年9月2日金曜日

父が帰ってくるとき  その6

 今ではそんなことはきっとしないと思うが、ボクは銭湯の湯船で
脱糞してしまったことがある。
それも女風呂で・・・

 湯船につかっているうちに、ウトウトしてきて気持ちが緩んだボクは
おしりの方もゆるんだと見えて、スルッと見事な一本のウンチが
お湯にプカッと浮いてしまったのである。
自分では気づかなかった。
女湯はおお騒ぎになった。
そばにいたおばさんがどじょうすくいのように、桶ですくってくれた。

 すくえるような形態の糞でよかったとホッとしている。
これがまとまりのない状態のものであったら、想像するだに恐ろしい。
湯船の色は変色し、その後は入浴不可となるだろう。
風呂屋でボヤ騒ぎを起こしただけでなく、脱糞で湯を汚して営業不可に、
もう一家で引っ越しするしかない。

 風呂場には、湯船が2つあって、浅いほうはおしりをつけて座ってつかり、
深いのは、中腰でつかるか、湯船の中で2段になっているところに腰かけるようにしてはいる。
ボクはやっとその深い方に入ることを許されて、
そうすることが大人に少し近づいたような気がしていた。
その深い方で、両手を縁にかけ、おしりを湯船の真ん中に向けた格好がいけなかった。
今風に言えば、洋式トイレに座って、もう少し腰を浮き立たせたような立ち居とでもいえようか。

 浅い方に入っていれば、おしりは湯船の底に押さえられるから
脱糞は湯船の中では防げたようにおもう。
ここは詳細な分析が必要だろうが、なんせもう何十年も前のことである。
尻も忘れてしまっている。

 そんな出来事があり、ボクの評判はガタ落ちであった。
母はボクに、
もうお前は男風呂に入れと
とうとう、女湯は出禁になってしまった。

 しかし、しばらくは女風呂に母と一緒に相変わらず入り、
気が向くと、脱衣場の境の両方に開閉する板戸をパタパタさせながら
行ったり来たりしていた。


2016年9月1日木曜日

図書館の本

 今通っている図書館は、数年前に完成した素敵な図書館だ。
市の自慢の建物の一つだろう。
全国のなんとかコンペで選ばれたらしい。



 本の貸出返却、スタッフの方々、施設の使い勝手は何の問題もない。
快適の一言だ。

 問題は、本を借りる人のマナーなのだ。
何冊もの本を返すとき、窓口に無口のまま投げ出すかのように乱暴に返却する人。
明らかに、何かを飲食しながら読んだときに、付いたと思われる跡。
鉛筆で書き込んでる人。
一番気になるのが、栞がわりにページを折り返す癖の人がつけるその折り跡なんです。
ご自分の本でしたら、どうしようと勝手ですが、
自分以外の人が読む図書館の本ですよ、図書館の。

 そういう方は、図書館の本を借りて読んでいるという意識がないんだろうなぁ。
自分以外の人が、その手にしている本を自分以外の人が読むなんていうことが
想像すらできいないんだろうなぁ。


 以前から特に都会部でのマナーの悪さは指摘されてました。
マーキングしちゃう人。
書き込みをする人。
はては、切り抜いたり、ページを破り取ってしまう人。
塗り絵のある本に、カラフルに本当に塗り絵をしてしまう人。

 とにかく、本を痛めることだけはしないでほしいよ。