2016年9月5日月曜日

父が帰ってくるとき  その8

 湯に入ると父はきまって
「銭湯はイイなぁー、手足を伸ばせて広くてイイなぁー」
と言うのを、何べん聞いたことだろう。

 頭を洗ってもらうときは、
あぐらをかいた父の右側の股のところに頭をおき、脚は外側に投げ出していた。
そのままボクが右を向いてしまうと、
父のものがボクの真正面にきてしまうので、真上をずっと向いていた。

 頭を洗ってもらっていた頃だから、小学校前のことだろう。
ボクは父の背中をゴシゴシ洗った。
もう少し右だ、もっと上だ と言われながら
ボクは立ち上がって両手で洗った。

 暑くなると父は銭湯へは下駄に浴衣で、下はふんどし一丁だった。
そんな父の着こなしがボクは好きだった。
風呂からあがると、ふんどしだけで帰った。
わずか1,2分の近さとはいえ、
恥ずかしいボクは父に浴衣を着てくれと懇願したが
父は無視して、番台を後にした。

 父が家についた頃を見計らい、浴衣を持って
ボクは風呂屋を出た。
いつもはそうしていたのだが、
ある時、父が出るより前に、ボクは浴衣をもって先に家に急いだ。
すぐに家の窓から風呂屋の出入り口の方を見た。
父が出てきた。
ふんどし一丁だ。
当たり前だ、ふんどし以外はボクが持ってきてしまっている。
父は何食わぬ顔をして、平然と歩いている。
ふんどしの白さが夕方の光にまぶしい。
裸の王様より格好いいと、ボクは家の下に近づく父を見下ろしていた。


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