2016年9月4日日曜日

父が帰ってくるとき  その7

 ひとりで銭湯にいけるようになり、
営業開始の3時と同時の一番風呂も好きになっていた。

 小学5年生か6年生のときだっとおもう。
一番風呂だとおもって入った男風呂には先客がいた。
同級生の女の子Kちゃんとお父さんだとすぐにわかった。

 同じ団地に住んでいるので、Kちゃんはたいてい女風呂に入ることを知っていた。
珍しいこともあるんだなとおもった。
お父さんとKちゃんが一緒に入っているなんてはじめての光景だった。

 ボクはさっきまで学校で一緒だったKちゃんに話しかけた。
「ずいぶん早いじゃん」
お父さんと並んで座って、背中を見せているKちゃんは
鏡の中でボクの方を見て
「うん」
とだけしか言わなかった。
鏡の中のKちゃんの顔は、いつもの感じとは異なって硬いような気がした。
背中が丸まり縮こまっているような感じもした。

 ボクは浅い方の湯船の端に腰掛け、
脚でお湯をかき回したり、手でお湯をすくったりしていた。
Kちゃんはお父さんの背中を洗ってやったり、
自分の背中をお父さんに流してもらったりしているようだった。

 湯船はもう一つあり、こちらは少し深くなっている。
そして、こっちの湯は薬湯になっていて、焦げ茶色の湯で底まで見えない位の色がついている。
匂いも漢方みたいな、ちょっとクセがあり、これが苦手な人もいるだろう。

 Kちゃんはボクの後ろを通って、深い方にザブンと入った。
ボクの方をチラチラ見ているので、Kちゃんのほうを見ると
Kちゃんはすぐに目をそらした。
そんなことを何度か繰り返しながら、相変わらずボクは脚や手で湯をもてあそんでいた。
「じゃぁね」と言って、
Kちゃんは湯船から出て、スタスタと脱衣場をとおり、女風呂へ行ってしまった。

 Kちゃんのお父さんが、湯船に入って、
「いつも、ひとりで来るのかい」ときかれた。
湯をかきまわしながら、
「はい」
と言い、湯につかった。
じゃぁーとあふれ出る湯の音がした。


 実家に帰ることがあると、銭湯に行った。
湯につかりながら、
あの時はと、ふと考えるときがあった。

 父親は娘と風呂に入りたかったのだが、
娘はもう女の子らしい体つきになり変化もしてきている。
お客さんの少ない開店間際なら大丈夫だろうからと
娘に言って聞かせ、来たのではなかろうか。
 まさかそんなところを、さっきまで教室で一緒だったボクに
見られるとはおもってもみなかった。
照れくさくて恥ずかしかったのだろう。

 性的に未熟であったボクは
そんなことはこれっぽっちも気づかなかったが
とっくに大人びていたKちゃんはそのときの風呂場の
湯気の中に異なったものを感じて見ていたのかとおもう。

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