2018年6月30日土曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その7

5 年中行事
(2)西松家の年中行事
・西松家のオリジナルな行事
・年始めの行事
・寺との結びつきは濃密
・藩士への年始まわり
・仏事と施し
・田植えは重労働
・節句、虫干し、盂蘭盆
・収穫の季節

 ここに書かれていることがら、ジジイのわたしが子どものころ農家である母の実家に預けられていたときの見たもの聞いたものとさしてかわらない。
それに、今でもそのまま引き継がれている諸行事だってたくさんある。
150数年前なんて、ほんの一昔なんだな。

 この先150年後はさらに見た目それほどの変化はないような気がする。
なんてったって、ちょんまげからザンバラ髪に匹敵する激変はないな。
科学技術に伴う激変は大いにあると思うけど、衣食住など見た目の変化はそれほどでもなく
1000年くらいは変わらないんじゃないか。

 未来を想像するには平和であることが大前提だが、
この先どうなんだろうねぇ、心配っていやぁ、うん、心配だな。

 西松家の平和、ほのぼのとしていてイイな。


2018年6月29日金曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その6


5 年中行事
(1)村の休日と行事
・福束輪中の休日
・休日の特徴
・農村の娯楽

 明治維新前後に多数の外国人が日本を訪れていれ、たくさんの紀行文を書き
それらは今でも読むことができる。

 日本の農村風景については、それら殆どの旅行記のなかで
清潔さと美しさ、また農民たち自身のおおらかさや朗らかさなどに
驚嘆している。

 農村の美しさは、江戸中期にきた外国人にも驚きをあたえているが
それからおよそ100年後でも維持されるどころかますます豊かになった
農村を外国人たちは見たのだろう。

 農村の休日がどのようにきめられたか、
なるほどとはおもったが、
食うに困る水呑み百姓たちは休日どころではなかったろう。
いっせいに農作業を休む日はあったのだろうが、
家では内職にせっせと精出していたかもしれぬ。

 まぁ、でもハレの日には賑やかに楽しんだのだろうな。


2018年6月28日木曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その5


4 儀礼贈答
・祝儀帳は私的文書の代表
・祝儀帳の内容
・香奠帳の内容
・権兵衛の葬式次第

 当時、世渡りし生活してゆく上で一番大切なことは
前例踏襲しものごと穏便にだったとおもう。
今でもあまり変わらないが、この頃はそうもいってられない場面が出てきて結構なことだ。

 そのためには、祝儀や香奠などは決してヘマをしては、村内では生きて行けなくぐらい大切なことだっただろう。
義理を欠いては生きては行けぬ、鉄則だったはずだ。

 庄屋日記を記録し続けた権兵衛さん自身の葬式次第も詳しく書かれている。
亡くなった人がどうやって記録したかだって?
本を読んで見ればわかります・・・。



2018年6月27日水曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その4


3 住環境
・家屋敷の様子
・蔵の建て替え
・住まいと庭の手入れ
・大地震発生

 いろいろな職人さんの手当も実に細かく記録されていることに驚く。
なおかつ、一日の手当だけでなく、5分働きとか7分とか、今で言う時間給的に細かく支払っている。
また、馬を使った作業など重労働などに対しては、それなりに支払いを増やしている。

 今でも築2,300年の蔵はあちこちにあるが、その蔵を建てた大工さんや職人さんに
なにか特別に高額な支払いをしたのだろうか。
そんな疑問には終章が実に詳しい。

 手当が高額なら職人さんたちはうれしいだろうが、
そんなこと関係なく、何百年も雨風に耐えしっかり役目を果たすものを建てるという
矜持があったのだろうな。

 幕末には大地震が多かった。
この地震もその一つで、歴史上に残る地震の一つとされている。

 地震後、直ちに村の農民たちに施米や施金をしている。
今では避難所を設けたり炊き出しなどおこなっているが、
当時は現在の対応に負けず劣らず速い。

 仔細に記録された内容に興味惹かれた方は、
本書をおすすめします。


2018年6月26日火曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その3

2 食生活
・ハレの日の食事情報は豊富
・献立例1
・献立例2
・役人接待のマニュアル
・ふだんは何を食べていたか

 これら項目を見ているだけでも、興味そそられる。
果たしてその実態は・・・、読んでください。

 此の庄屋さんのうちでは、鴨などの肉をもらっても近所にあげてしまっていたようだ。
魚と穀物類・野菜根菜類が食生活のおもだったものとして記録されている。
詳しくそれらの種類まで書かれているところが几帳面だな。

 宗門改帳をまとめるための業務があった。
庄屋さんが自分の管轄する農民の宗旨や人別を調べたものをお役人に届けるというもの。
毎年か数年おきとかの定例の接待となる。

 庄屋さん持ち回りで接待するので、記録がないと庄屋さんたちは右往左往するし、
接待に差がついてもまずい。
なので事細かに仔細に記してある。

 役人側は接待されるのが当たり前というかそれも仕事で、金品・食事・お土産と定番のコースがあったのだろう。

 あるとき、役人が引き上げるとき、いつも手渡しているお土産を差し上げあることを忘れてしまったことがあった。
数日後お役人から、そのことの書状が来たというのだから驚く。
単純にお土産の督促であるが、いくらもらうのも仕事のうちとはいえ、
そこまで仕事熱心になることもあるまい。
武士としてあるまじこと。
卑しい。

 庄屋さんはあわてて、届けたのは言うまでもない。


2018年6月25日月曜日

庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし その2

ミネルヴァ書房 2001.1
成松佐恵子 著

 「第4章 衣食住と年中行事」が興味深い。
1 衣服
・農民の衣類は木綿と麻に限られていたか
・質入れされた衣類の内容
・妹たちの嫁入り支度
・形見分けの品々

 上記どの項目も時代劇には度々でてくる場面であるし、
これなくしては、かかせないシーンに用いられることも多い。

 農民が衣類を質入れするわけだが、その記録をもとに分析しているのでこれほど実証的で確かなことはないだろう。
果たしてその実態は・・・、読んでください。

 嫁入り支度や形見分けは庄屋さんが日記に記録しているのでこれまた確か。
果たしてその実態は・・・、読んでください。


 当時は身なりや髪型をみればその人の身分階層や職業がわかる時代、
農民は身につけてよい衣類の質まで決められていた。
とおもわれているのだが、さてや如何に。

 わたしの母は現在98才、埼玉県北部の百姓の12人兄弟の長女に生まれた。
母はまだ髪をあげそめし頃に自分で機織りしてつくった衣類の切れっ端を
今も大切にもっている。
手触りは木綿だが麻かもしれない。


2018年6月24日日曜日

強剪定後のエニシダ

 この画像は約一週間前に撮ったものですが、
現在もこんな感じで元気です。



 選定した頃はこんなに繁ってなかったのだけれど、来年に備えて次々に枝が出てきている。



 花芽もついているんだろうな。
花が咲き終わった頃を見計らって7、8割位剪定したんだけど、
結果良ければまぁよいか。

 イイカゲン園芸でした。


2018年6月23日土曜日

衣紋掛け 鉋がけ

 材は槐。
台風で折れたのを在庫で約10年ほったらかしにして、
靴べらを作ろうとして切る方向を間違えてしまっていたもの。

 手前の細い枝の半分が残りで、真ん中あたりを3つに切って衣紋掛けにした。



 長さは約80cm、すでに3本作って使用中、使いやすのでまた作ったという訳です。
すべての面に鉋をかけました。
真ん中へんに紐を通して、完成予定。



 流麗でなめらかな曲線と艶のある伝統的な衣紋掛けとは真反対の凸凹した端材で作った感一杯のもの。日常生活で使えて役に立てばいいのでこれで十二分。
細いけど、槐は粘りもあって強いからへっちゃら。

 槐は街路樹などさがすとけっこうあって、もっと利用しなくちゃとおもうんだな。


2018年6月22日金曜日

サボテンの中!

 梅雨の晴れ間、庭の蔓を引っこ抜いていたら、
キラキラするものが目に入った。

 サボテン?の中を覗き込むと、
あらっ、宝石がある。



 写真機を取りに戻って、カシャ。



 うーん、宝石に焦点があわぬ。
一眼レフならピッタシにできるのに、
こんなときデジカメはめんどくさっ。



2018年6月21日木曜日

新作スプーン終了 その6

 残り2本を削って今回の分は終了。
でもまだ、ペーパーがけがまっている。
ここまでは削った後、80番で形を整えているだけ。

 まずは水拭きして、120番でササッとやって、240番で仕上げる。
そんなことをしながら、気にくわないところや刃の跡などはかんなやヤスリの再登場。
ここでまた水拭きしてから、最後は布でゴシゴシします。
このときに布に引っかかる部分があるとそこを処置。

 今回は口に触れる部分の凹部分を、ガラス瓶で磨きました。
これをするとツルツルになる。




 画像でもなんとかわかるとおもうけど、なんとなく先端につやがあるでしょ。
このガラスでこする方法、塗料を使わなくても木地が濡れ色っぽく見た目はオイルで磨いたみたいになります。

 ネットではほとんど紹介されてない方法だけど、
樫で木刀を制作されている方たちは、やってるみたい。

 ガラス瓶は大中小、数種類あると便利です。



2018年6月20日水曜日

ソニーCEOの前期報酬27億円!!

 べらぼうな額だな。
以前ソフトバンクの孫氏の報酬について投稿した。
やはりトンデモネエ額のことについてで、他人のお給料云々をとやかくいうのは
お行儀が悪いこと十二分に承知の上です。

 ソフトバンクも日産もそしてソニーもそうだし、
他の大企業CEOも同様だとおもうが、
天井知らずの報酬には目がくらむ。

 どれくらいもらえばよいかという制限もないようだな。
会社勤めにこれっっぽっちも向いていない年金生活者のジジイはこうおもう。
全社員の中央値を調べて、その10倍を限度とするとかなんとかにすればいいんじゃないか。

 余剰資産は研究開発・社会還元・社員へなどあれこれ分散すればよろしい。
三方良しという近江商人の古い知恵があったろう。
社員からかけ離れた報酬をもらえばもらうほど、
社員からはトップに対する共感が失われるとおもうな。

 成り上がった金は裏を返せば歩じゃねぇか。
いつもその気持を忘れんでほしい。



2018年6月19日火曜日

新作スプーン制作 その5

 昨日は2本削った。
真ん中あたりが細くなるように削ることが多い。
端っこは四角。
これが好き。



 真ん中を細くするなら、最初からその形に切っておけばよかったと
今回もおもった。

 そのように切ってしまうと、その形だけにしかできない。
毎回異なるデザインが浮かぶのではと、その余地を残して切るのだけれど
情けないことに、結局はいつもと同じ形で大同小異。

 削りゴミも山をなしてきた。



 残り2本。



 同じ形で削ります。


2018年6月18日月曜日

新作スプーン制作 その4

 昨日は余分にできた3本の残り2本を削った。
持ち手の部分を箸のように4角にした。



 手前2本がそれ。
奥の1本は角をまるめてある、なんかボンヤリした印象だな。
箸の先にスプーンが付いている感じ。
悪くない


2018年6月17日日曜日

新作スプーン制作 その3

 口にふれる部分は凹部分の形にあわせて削るしかない。
持ち手の部分はやや太いほうが持ちやすので、
その部分を基準に形を決めてゆきます。



 おもちゃみたいな卓上バンドソーで余分な部分を切り取っていきますが、
切れば切るほど形が不安定になってきますから、危険。
程々のところで止めます。

 ここからは、反り鉋・ヤスリ各種・ナイフ・スクレーパーなど総出演。
最初におまけででてきた3本のうち1本を削ってみました。

 先端は薄くなってかけてしまうこともある。
かけた部分の高さに合わせて削ってゆきます。



 なんか上品に仕上がった。



 スプーンや小物は、材を固定するのが難しかったり、
固定できても、今度は道具の方をうまく材にあてられなかったりで
いろいろ面倒。
結局手や足で押さえて、削るという昔ながらの方法になる。



2018年6月16日土曜日

新作スプーン制作 その2

 やってみたら、できた。



 パズルか何かのブロックみたいだな。

 次にスプーンの凹部分を削る。
いつものジグをセットする。
これはスプーンのために作ったのではなく、靴べらの凹部分を切削するためでした。
意外と使い勝手がよく、あれこれ使ってます。



 セットしたところ。
もちろん、位置決めをしっかり決めています。



 ビットはこれ。
r24の注文したものです。



 削り終わり。



 6本プラスおまけ3本ができました。



 おまけの方は厚さが違うので、
深さ設定を測定しなおさなければスプーンの底に穴が空いていしまいます。
なので、6本のスプーンより凹部分の面積がひと回り小さくなっている。

 次は、スプーンの形に削ってゆきます。


2018年6月15日金曜日

新作スプーン制作 その1

 試作で制作したスプーンが使用感も良かったので、6本作ることにした。
まずは木取で、なるべく無駄の出ないよう画像のようにした。
手書きの図面は左側の数値と図が間違っています。



 正しくはSketchUpの此の寸法が正しい。



 墨線を記入しているうちに、
上下の間の部分がスプーンにできそうと気づいたけど、切り分けられるか。



 材はケヤキです。



2018年6月14日木曜日

2018年6月14日今朝の庭

 シソがようやく出てきた。
今年は例年育てていたバジルはやらないことにした。
特に理由はなくて、なんとなく・・・



 ブルーベリーは今年はせっせと肥料もやって、色づき具合がイイ感じ。



 昨日夕方5時過ぎから30分程度、草刈りをした。
刈払機ではなくバリカンの方でしただけ。
ひと通りやったらやはり暑かったな。


2018年6月13日水曜日

江戸時代の商品券

 「庄屋日記にみる江戸の世相と暮らし」の中に、
江戸時代に商品券があったという箇所が目にとまった。

 早速、調べる。
国税庁のHPにあった。
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/network/134.htm

 勝手に画像を借用させていただき、申し訳ありません。
以下の二つの商品券は明治2年の発行と判断されているが、
江戸時代中期以降にこんな商品券が流通していたことは確かみたい。
当時は商品券という名称ではなく切手とか手形とよばれていた。


 一つ目はお酒の商品券。



  「一 酒壱升 右御入用之節、此切手を以差上可申候也」と読める。
墨捺印がペタンペタンと3箇所にある。


 もう一つは菓子手形



 「一 御菓子百文 右此手形ヲ以御引替奉申上候 以上 小路村 廣田屋与右衛門」。
印影が赤や緑色で、今風だな。

 江戸時代に発明されて今につながっているものがたくさんあるのだな。
そして、その時代に発明された便利な物やシステムが
現代では廃れてしまっているものもたくさんあるのかもしれない。

 このHP、興味深い資料がたくさんあるぞ。


2018年6月12日火曜日

アマリリス 咲き終わった

 今年は今まで一番咲いた、そして長持ちした。
昨年は咲き終わった後、茎もすべて切ってしまった。



 今年はちょっと気になって、調べてみると
茎は切らないほうがよいらしい。
すでに一本は切ってしまったけど、残りは花だけ落としてそのままとする。



 これから栄養ためて来年もきれいに咲いてください。



2018年6月11日月曜日

名主文書にみる 江戸時代の農村の暮らし

(株)雄山閣 2004.12
成松佐恵子 著

 現在の福島県二本松市、かって二本松藩であった農村の様子を、
いきいきとよみがえらせ物語ってくれてます。

 岳温泉にとまり、スキーをしたことがあります。
東北道ができてからは、安達太良PAでよく休みました。
此の本を読みながら、あーあの辺の村の話なんだなと
真っ白な安達太良山を思い浮かべました。

 監督成松佐恵子の実録ドキュメンタリー映画を一本見終わったという感じだな。
子どものころ白黒テレビだった頃「明るい農村」というNHKの番組があったけど
江戸も昭和も農村ではそれほど革新的な変化はなかったのかもしれない。

 成松氏は様々な角度からこの農村に光をあて詳細な分析や当時のことを語っているのだけれど
そのなかの一つを紹介させてもらいます。

 改名についてです。
ある村で出生から死亡まで確認できた男子681人女子578人のうち、死亡に至るまで追跡でき、
しかも結婚を経験したのは174人。女子は77人。(どうして女子はこんなに少ない?)
男子について、
生まれた時の名前のまま一度も変えなかったものは6人、
1回と2回の改名がそれぞれ57人ずつで改名者の66%になり、
さらに多いものでは5回が3人、6回が1人となる。

 回数はともかく改名した男子は97%になるのだから、改名するのが普通だったことになる。
成人して子ども時代から区切りをつけたり、家督継承し代々の世襲名や由緒ある踏襲されてきた名を引き継いだりするという慣習があったことがわかる。(女子の改名はどうだった?)

 「人別帳の分析中にであった特筆すべきことを2点挙げておこう」として、
・指合名(さしあいな)と呼ばれれるもの。
藩主に嫡子が誕生し、命名されたものと同名では恐れ多いとして、
すべて改名を命じられるというもの。同音異字も改名させられた。

・他地域のことだが、江戸時代男子に多かった、〜兵衛、〜右衛門、〜左衛門などは
明治に入ってことごとく改名されているケースがある。

 指合名(さしあいな)の命令なんてたまったもんじゃないな。
後から生まれた者の名前が、先に生まれた人の名前とかぶっているから替えろなんて、
いくらなんでもひどすぎるんじゃありませんか。

 でも、なるほどなとおもったこともある。
お殿様の名前って殆どの場合、とても読みにくいんだよな。というか読めるほうが極端に少ない。
家来や庶民一般どこにもない名前をつけなければならなかったから、そんなふうになったんだな。
これはこれで納得。

 そして、〜兵衛、〜右衛門、〜左衛門のような名前が、明治頃から一斉になくなったのがとても不思議だったのだけれど、これもなるほどそういうわけだったのかとガッテン合点。

 2、300年前には、テープレコーダーも写真機もビデオもなく、記録方法は文字と絵だけ。
それでも代々大切に受け継がれ守られてきた名主文書やお役人の文書等で、当時の農村の様子や
社会の動静を彷彿とよみがえらせ再生させてくれる成松氏のような学者さんのお仕事は貴重でありがたいな。

 楽しく読ませていただきました。
ありがとうございました。


2018年6月10日日曜日

鋏のサビ取り

 ネットで調べると、アレモコレモ実に様々な方法が紹介されている。
お酢で煮るというのもあった。

 ジジイはへそ曲がりで、パッと調べて誰も紹介してなかった方法でやった。
古典的なピカールと水ペーパー400番、1000番、2000番を堅木に巻いてゴシゴシ、
そして布で汚れがなくなるまでふく。



 根気よく何度も繰り返していると、マアマア以前よりはましな金属の輝きが戻ってきた。




 この工程を何度か繰り返せば、きれいになるはずだ。
急がば回れだな。


2018年6月9日土曜日

古文書の印刷終了

 先日6月5日に撮影させていただいた古文書のプリントアウトが終了した。
ふぅ〜。

 元データをトリミングして、印刷すればよいだけだったのだが手間取った。
残り約20ページのところで、インク切れで詰替え用のインクを補充した。
それが原因かどうか不明だが、写真の画像がかすれて印刷され始めた。

 考えられる原因をすべて試したが同じ症状でダメ。
文字データは普通にきれいに印刷されるのに、写真だけダメなのはなんでだろう。

 もう一台のPCでやってみたら、なんの問題もなくごく普通にきれいに完了。
Previewで読み込みそのまま印字した。
カラーになってしまったけど、まぁいいか。
85%の縮尺率で一回り小さくなってしまった。



 この手のひらサイズの手帳タイプの覚書、全国で共通な大きさみたいだから、
大体的に当時販売されていたんだろうな。

 和紙と紙こよりだけの冊子、きっと数百年千年なんてへっちゃらなんだろう。
付箋を貼るんだって、米粒をつぶした昔ながらのものだし。
保存の敵は虫が一番だろね。
2番が湿気とカビかな。

 それにしても、今回のこの古文書は素晴らしい保存状態でありました。
さて資料はこれでできあがった。
次の作業にうつります。


2018年6月8日金曜日

XnConvert なかなか便利

 こんな便利なものがあるなんて知らんかった。
それも無料でアップルストアからインストールできる。


 6月5日に地元の博物館で古文書を撮影させていただいた。
貴重なものを、手続きをして撮影させてもらえる。
感謝の念に耐えません。

 書き手が背筋を伸ばし正座をして、筆を運ぶ姿が浮かんでくる。
薄暗がりでは燭台を手元によせて、書き込んだのだろうか。
墨や筆の運び・流れ・かすれ・ため・とめなど、感情の揺れもあらわれ、
撮影しながらでも感じ入る。

 などと、古文書自体にひたっていたら、
古文書の位置がずれてしまっていた。
まぁ、許容範囲以内なので撮り直しはせず、受付へお返しした。
どうもありがとうございました。


 撮影後帰宅してすぐに画像整理。
撮影枚数は101枚。
最初手作業でチマチマしていたが、
待てよ、こういった定形作業こそ機械が得意なところではないかと
ネットで探すとすぐに XnConvert が見つかった。

 すぐに使ってみると、おっ便利。
画像ファイルをすべて読み込む。



 動作を追加>トリミング を選んで、上下左右の余白を決めてゆく。
101枚共通に決めるので、すべてのファイルで適切になるよう何度かファイルを最初から最後まで確かめる。このファイルのビューがとても軽快でさっさとできます。



 こんなもんかと決まったら、右下の変換をクリックする。
処理経過が表示され続け、約25秒で終了。
処理前、



処理後、




 いやー便利便利。
此のアプリ、実力はこんなもんじゃないらしく、
此のトリミングなんぞは、氷山の一角らしい。

 最新版のaboutです。






2018年6月7日木曜日

 昨日、母から譲り渡された。
ごく普通の散髪鋏。



 母からはじめて聞くはなしだった。
わたしが3歳のときに、床屋さんで前髪をそろえて切る、
いわゆる坊ちゃん刈りをしてくれたその鋏だそうだ。

 その床屋の場所もはじめて聞いた。
普段行きなれた商店街とは全然違う方にある床屋さんだった。
どうしてその床屋さんにしたのだろう。

 もらったその鋏は、刃の真ん中あたりが少し欠けてしまっていて
研ぐのもカネがかかるということで、もらいうけたらしい。
プロが使うにはひっかかりなどがあって、
髪の毛を切るには問題があったのだろうか。

 しかし、何度か研いでいくうちに欠けはなくなったようだ。
サビがういているので、まずはこれをどうにかしなくてはならんな。

 銘は「東京鋏」とある。



 商標と刻みがあり、松葉の菱形、中が読み取れない。



 ネットで調べたが、わからなかった。
60年以上前のものであることだけは確実です。




2018年6月6日水曜日

横浜の実家を往復

 今日昼、梅雨入りしたとニュースでやっていた。
往復139.6km
リッター18.8km でした。
行きも帰りも2時間半前後、相模原の橋本〜鵜の森がどうしても渋滞するな。

 母は元気そうでよかったよかった。
わたしが前からほしかった、鋏をもらった。
母曰く、わたしが死ぬ前に手渡したかったとのこと。

 わたしのほうが早くあの世に逝くかもしれないのにな。
大切にします。

2018年6月5日火曜日

スプーン新作

 前回スプーンを作ったときから、此の形のものをあたためていた。
ようやく形にした。

 まずはざっと、SketchUpで確認する。




 これをもとに作業開始。
材はケヤキ。
あらっぽく外形をきざみます。




 いつもの特注ビットで凹部分を削ります。
靴べら用に作ってもらったんだけど、スプーン作りにも便利。




 あとは、形をそれらしくしてゆくだけ。




 今回は野暮にしました。
持つ部分が太いと持ちやすいんだな。
両手が腱鞘炎でグーができなくなってから、
持ち手のいろいろな形状にこだわるようになった。

 
 ところで、つい最近カレー専用スプーンを発売している会社があることを知った。
同じような形状を考えている人はいるもんだ、当たりまえか。
そのホームページをみた。
うーん、デザインが素晴らしいな。

 カレー専門店が大量発注するかどうかはわからんが、
個人で気に入った人は必ず買うな。

 ジジイの新作がこの会社のものと違うところは
・先に深い部分が来ていること。通常のスプーンは最深部が中央か、柄の方によっている。
・柄を太くして持ちやすくしていること。

 そしてスプーンの楕円部分を上から見ると涙型をしていて
通常のものより一回り小さくしたところは
きっと開発段階でジジイと同じ発想だったのだろうな、
ほとんど同じです。

 新作をちょっと使ったが、予想通りイイ感じ。
柄の部分は、もう少しそれらしくする。