2025年2月28日金曜日

屋久島のタンカン

 きのう、いただきました。

 本日の昼食後のフルーツで2こ食べました。

まぁ、美味しくはあったのですけど、皮ごと食べることができるとあったので、皮をかじって味見したら、金柑の皮よりもずっと苦くて、これはダメ。

 皮がむきにくくて手こずった。

 先日のセトカオレンジ(はるみ)のほうが、比べものにならないくらいうまかったので、

印象が薄いのかもしれません。

 店頭に出ていてもまず買いません。

生産者農家の方、ゴメンナサイ。

 

2025年2月27日木曜日

銀杏の大きなまな板制作2

 腰がいくらか回復したので、無理のない範囲で作業をしました。

まずは片面の仕上げのペーパーがけ、240番でこれは手作業です。

次に、両耳の皮をとります。

 うまくいきました。

しかし薄皮が残って、これがやっかいです。乱暴にとると、下の本体の材を傷つけてしまいます。

 昨日、虫食いが何個もあると書きました。しかし作業をしながら、思い出したのですが、銀杏の一枚板って、小さい虫食いみたいなのが表面にプチプチとあるのがあるんです。

それで、楊枝でつついていみると、虫食いなら奥まで入るのですが、そんな感じはありません。

 なので虫食いではなさそうでした。

 さて、今日は、現在見えている側、表側のサンダーをかけましょう。


 

2025年2月26日水曜日

銀杏の大きなまな板制作

 銀杏で作ることにしました。 

 木裏を主に使うことになる(木裏が凸になるように反るはずな)ので、木裏から仕上げていきます。まな板なので鉋だけで仕上げたいところなのですけど、ベルトサンダーでならしたあと、番手をあげてペーパーがけしていきます。

 そのあと、丁寧に水拭きです。

 400 ✕ 630 ✕ 30 が仕上げサイズ予定なので、そこそこ大きなまな板になります。

小さな虫食いの穴が何個もありますけど(画像をアップにすると目立ちます)、このまま使っても問題はなさそうです。

 腰がここのところまた不調で、重たいベルトサンダーで中腰が腰に負担になりました。

昨夜は、入浴後塗り薬を腰に塗って養生し、今朝はいまのところ少しはいい感じ。

もう無理のできぬ歳なのであります。

 

2025年2月25日火曜日

大きいまな板

 幅広の一枚の板で現在手持ちの材は、この2種類くらいか。

まな板の定番、銀杏(いちょう)です。

 欠点なしのすばらしい銀杏の板であります。

 こちらは、楠2枚。もう一枚、材木屋さんであずかってもらってたら、行方不明になってしまいました。

こちらもまぁまぁ、大きいまな板がとれます。

 銀杏がもう少しあったような気がするのだけれど・・・

これから探してみます。

 

2025年2月24日月曜日

Windows11のSnipping Toolで OCR

 画像から文字をテキスト化することができたら、大変に便利です。

ほとんどは、現在の新しいmacOSではプレビューで画像から、テキストを取り出すことがまぁまぁできるのですけど、その機能は不安定なのです、できたりできなかったり・・・

 Windowsでの画面コピーはSnippingToolが一番便利で、いつもそれを使っていたのですが、Windows11ではそれにOCRとほとんど同じ機能がついているのは知りませんでした。

 しかし、これとて、縦書きになると、行が逆になってしまう。

原文

Windows11では

でも、webのGoogleOCRを使うと、うまくいきます。 

 結局OSそれぞれの画像からのOCRより、安定して使えるのは今のところ、Googleのものが一番なようであります。

 なんでもかんでもGoogleはイヤなんですけど・・・



 

2025年2月23日日曜日

「雪夢往来(せつむおうらい)」を読んだ

 新潮社 木内昇 著  

 新潟県南魚沼市に鈴木牧之記念館があるという。

春になり雪がとけたら、といっても車でゆくには4月下旬ころになってしまうかもしれない。片道3時間弱のドライブでいけそうだ。

 わたしの母方の祖父勇三郎は明治28年(1895)生まれ、その祖父の祖父である新三郎は天保2年(1831)年生まれ。

 わたしが子どものころ、勇三郎じいさんから聞いた「爺さんが新三郎爺様の子どものころはなしをたくさん聞いたものだが・・・」というはなしは、1840年前後の天保年間頃のこととなります。

 また、父方の祖父謙造は明治14年(1881)生まれ、その祖父の祖父である利助は文政4年(1821)生まれ。

 やはりこの謙造じいさん(気難しく、帽子フロックコートそして下駄の外出姿が格好良かった)から聞いた「おれが利助爺様の子供のころのはなしをあれこれ聞いたものだが、その話の中には、地本問屋のものもたくさんあった。おれが紙工の店をかまえたのも(爺さんは伊勢佐木町でいろいろな箱の製造や、紙類をあつかっていた。しかし関東大震災で消失し、再興したものの、今度は横浜大空襲で灰燼ときした。それが原因だろうか、爺さんの笑顔を見たことはとうとうなかった)、利助爺様のはなしがきっかけかもしれない・・・」。やはりこの謙造じいさんのはなしも天保年間最初の頃のはなしとなるのであります。

 この小説の内容はおよそ200年前頃が舞台となっていますが、読むうちにすっかり引き込まれ、つい手を伸ばせば届くくらいの気持ちになってしまいました。

 

2025年2月22日土曜日

非常時の食料備蓄3

 う〜ん、なってこった。 

この缶詰2パックの消費(賞味)期限は2024年7月とあって、これまた、悩みました。 

 右側には冷蔵庫の奥にあったインスタントコーヒー、コーヒー寒天のときに使っていましたけど、これは2022年が期限でした。

 とうもろこしは缶から出しながら、粒の状態を見ましたが食べられそう・・・

しかし、えいっとまとめて、昨日、ゴミの日にだしました。

 そして、同じものをSuperでみたら、1パック¥448円もして値上っていました。

1ヶ月おきくらいに、毎月1日は食料備蓄確認の日と決めて、点検しないといけませんね🤔。