MacBookPro_2.4_2.2GHz__Late_2007でうまくいくか不安だったけど、
2時間半弱くらいでアップデート完了。
心配していたWiFiのデバイスが案の定、最新のものにインストールされてしまっていた。
なので、つながらない。
でもこれは、さんざん手こずったところなので、保存してあった古いドライバーに変更して、
再起動で、つながった。
デバイスが変更されないように設定してあったのだけれど、ダメでした。
今回も、すぐに変更されないよう設定しなおしたけど、どうなるかは未定だね。
9年前の機種で、さらにBootCampという変則的な使い方でも、
最新のWindows10が動いているところがおもしろい。
アプリだって、Office2007です。
エクセルもワードもなんともない。
日本語入力との相性もまだ使い込んでないけど問題はなさそう。
エクセルで罫線入力のアドインを使っているのだけれど、そのマクロも動く。
プリンターだって古い。Canonの865Rです。
Windows7のときより、反応がよく快適に印刷できてます。
その他、windows7で使っていた古いソフトもOK。
タッチ入力やペンが使えないけど、これらは別に今のところ不要なので問題はなし。
でも、タスクバー右クリックで「Windows Ink ワークスペースボタンを表示」にチェックして
タスクバー右側にあらわれるアイコンをクリックすると、
付箋やお絵かきソフトみたいなのが使える、定規も表示されて、何に使うんでしょう。
既にインストールした人たちのブログなどを見ると、いろいろ問題はあるようだ。
システムの保護が無効に戻る。(アプデートしても復元ポイント作成でやはりエラーがでてダメ)
デバイスが書き換えられてしまい、機能しなくなった。(↑のWiFiがそう)
MS-IMEで最初からクラウド候補が有効になっている。(暗号化して送信されてもやはり不安)
他に、いくつもあるようだ。
アップデートした人は、
最初に設定すべきことをよく調べて、対処していたほうがではなく、対処しておくべきです。
強くおすすめします。
このコンピュータ、右のスピーカーが故障して音がでない以外は、普通に使えてます。
Yosemiteも動いているし、コンピュターはこうあってほしいね。
ネックはメモリーが2GBという少なさだけだな。
めでたしめでたし。
2016年8月11日木曜日
2016年8月10日水曜日
宝石店のおじちゃん
炎暑のホアヒン、涼をとるのに街なかの古いビルを利用した。
その中に宝石店があった。
何度かひやかしに店をのぞくのだが、
昼寝でもしているのか、商売ッケがないのか
誰も出てこないことがあった。
やっと出てきたのは、
髪を七三に分け、こざっぱりした、紳士一歩手前のおっちゃん風のおじちゃん。
ボクよりもずっと年配である。
話好きらしく英語が話せるので、あれこれとおしゃべりをした。
ショーウインドーにいろいろな色のきれいな石が並べられているのだが
その黒い石を見せてくれないかとお願いすると
おじちゃんはそれを出してボクに見せながら、
遠くを見るように店の天井のほうに目をやりながら、話しはじめた。
第二次世界大戦のときだ。
日本軍はこの先の山の国境線あたりで英国軍と戦ったんだ。
激しい戦闘が繰り広げられたぞ。
両軍とも沢山死んでな。
砲弾があちこちでドッカーン、ドッカーン、ドッカーンだぞ。
山肌の形が変わってしまうくらい、両軍ぶっ放した。
両軍の兵士が退去してしまうと、
間髪入れず、地元の人間がどこに潜んでいたのかとおもうぐらい
あちこちから現れてくるんだ。
砲撃で崩れた岩ゴロゴロのところに
何をしに来るのだとおもう・・・
この店にある、並べてある石を求めて集まってくるのさ。
岩の中にある、宝石を探しに集まってくるのさ。
戦闘の行われた山は、原石がたくさん見つかるところだったという訳さ。
うちは親父がこの商売を始めたのだけれど、
戦闘地で荒れ果てた山をまわっては、
コツコツ原石を集めて生きてきたと言っていたよ。
ダイナマイトなんか使わなくたって、原石が眠っている山を
ドッカーンってやってくれるんだから、
助かったねぇ、ってさ。
タイの人はさ、日本にそんなに悪い感情はないんだよ。
日本は負けたけどさ、見事に復興して頑張ってるじゃないか。
バンコクや他のタイのところにも、たくさん援助してくれている。
たいしたもんだよ。
ひとしきり、そんな話を聞いた後
その砲弾のドッカーンで、思い出したことがあるんですよと
今度はボクが話しだした。
やはり戦争の時の話なんです。
戦争中ではなく戦争が終わってすぐの話なんですけど。
それも山の話じゃなくて、海の話なんです。
おじちゃんは海の話と聞いて、体を乗り出してきた。
東京は知ってますよね、
おじちゃん大きくうんうんとうなずく。
東京は東京湾というこんな風な湾があるんです
といって、ボクは両手の人差し指と親指で縦長の輪を作ってみせた。
両手の親指のところを少しはなして、
ここのところが東京湾の出入り口になります。
ここのところは敵の侵入を防ぐために、と言いながら
ボクは両方の親指をピクピクと動かした。
陸にはあちこちに砲台を作り、
海の中には機雷をたくさん設置したんです。
おじちゃんは、ホォーっと言いながら
ボクの親指あたりを伸ばした手で指差しながらフムフムときいている。
米軍がこの後東京湾に入れないと困りますから
米軍の指示で、機雷解除を日本の海軍に命じたわけです。
手っ取り早く解除するには、設置してある機雷を爆破させるのが一番なんです。
爆破と聞いたとたんに、おじちゃん、目が輝きだした。
機雷爆破当日、爆破予定の海域は船一艘なく静まり返ってました。
遠くに停泊している船から、爆破合図の
ウーーーッという甲高いサイレン音がなり、ほどなく
ドッカーン、ドッカーン、ドッカーンっと海柱が連続して立ち上がったんです。
おじちゃんは、さっき自分で話したドッカーンがでてきたので、
今度はどうなったのか早く聞きたくて、続けろ続けろとせかす。
海柱がなくなり、海面が穏やかになりかけたと同時に、
地元の漁師たちの船が一斉にその場所めがけて漕ぎだしんですよ。
何しに行ったとおもいます、おじちゃん?
魚ですよ、さっかっなっ!
機雷の爆破の水圧で、魚が気を失って、大量に海面に浮かんだんです。
おじちゃんは英語で何かブツブツ言っている。
よく聞いてみると、
ということは、ホアヒンの沖でもダイナマイト投げ込めば、魚がたくさん採れるっていうことかぁ
ダメですよ、おじさん、そんなことしたら・・・
おじさんは大声で笑いながら、じょ、冗談だよ・・・
顔は笑っていたが、目は真剣だった。
そのあと、ボクは黒い綺麗な石を求めた。
おじちゃんは、今日は楽しい日だと言いながら、おもいっきりまけてくれた。
ホアヒンのあのビルは、今ではガラス張りのモダンな建物に建て替えられたようだ。
でも、ビルの中は、あの時と同じように
ちょっと寒むすぎるくらいの冷房がきいていることだろう。
その中に宝石店があった。
何度かひやかしに店をのぞくのだが、
昼寝でもしているのか、商売ッケがないのか
誰も出てこないことがあった。
やっと出てきたのは、
髪を七三に分け、こざっぱりした、紳士一歩手前のおっちゃん風のおじちゃん。
ボクよりもずっと年配である。
話好きらしく英語が話せるので、あれこれとおしゃべりをした。
ショーウインドーにいろいろな色のきれいな石が並べられているのだが
その黒い石を見せてくれないかとお願いすると
おじちゃんはそれを出してボクに見せながら、
遠くを見るように店の天井のほうに目をやりながら、話しはじめた。
第二次世界大戦のときだ。
日本軍はこの先の山の国境線あたりで英国軍と戦ったんだ。
激しい戦闘が繰り広げられたぞ。
両軍とも沢山死んでな。
砲弾があちこちでドッカーン、ドッカーン、ドッカーンだぞ。
山肌の形が変わってしまうくらい、両軍ぶっ放した。
両軍の兵士が退去してしまうと、
間髪入れず、地元の人間がどこに潜んでいたのかとおもうぐらい
あちこちから現れてくるんだ。
砲撃で崩れた岩ゴロゴロのところに
何をしに来るのだとおもう・・・
この店にある、並べてある石を求めて集まってくるのさ。
岩の中にある、宝石を探しに集まってくるのさ。
戦闘の行われた山は、原石がたくさん見つかるところだったという訳さ。
うちは親父がこの商売を始めたのだけれど、
戦闘地で荒れ果てた山をまわっては、
コツコツ原石を集めて生きてきたと言っていたよ。
ダイナマイトなんか使わなくたって、原石が眠っている山を
ドッカーンってやってくれるんだから、
助かったねぇ、ってさ。
タイの人はさ、日本にそんなに悪い感情はないんだよ。
日本は負けたけどさ、見事に復興して頑張ってるじゃないか。
バンコクや他のタイのところにも、たくさん援助してくれている。
たいしたもんだよ。
ひとしきり、そんな話を聞いた後
その砲弾のドッカーンで、思い出したことがあるんですよと
今度はボクが話しだした。
やはり戦争の時の話なんです。
戦争中ではなく戦争が終わってすぐの話なんですけど。
それも山の話じゃなくて、海の話なんです。
おじちゃんは海の話と聞いて、体を乗り出してきた。
東京は知ってますよね、
おじちゃん大きくうんうんとうなずく。
東京は東京湾というこんな風な湾があるんです
といって、ボクは両手の人差し指と親指で縦長の輪を作ってみせた。
両手の親指のところを少しはなして、
ここのところが東京湾の出入り口になります。
ここのところは敵の侵入を防ぐために、と言いながら
ボクは両方の親指をピクピクと動かした。
陸にはあちこちに砲台を作り、
海の中には機雷をたくさん設置したんです。
おじちゃんは、ホォーっと言いながら
ボクの親指あたりを伸ばした手で指差しながらフムフムときいている。
米軍がこの後東京湾に入れないと困りますから
米軍の指示で、機雷解除を日本の海軍に命じたわけです。
手っ取り早く解除するには、設置してある機雷を爆破させるのが一番なんです。
爆破と聞いたとたんに、おじちゃん、目が輝きだした。
機雷爆破当日、爆破予定の海域は船一艘なく静まり返ってました。
遠くに停泊している船から、爆破合図の
ウーーーッという甲高いサイレン音がなり、ほどなく
ドッカーン、ドッカーン、ドッカーンっと海柱が連続して立ち上がったんです。
おじちゃんは、さっき自分で話したドッカーンがでてきたので、
今度はどうなったのか早く聞きたくて、続けろ続けろとせかす。
海柱がなくなり、海面が穏やかになりかけたと同時に、
地元の漁師たちの船が一斉にその場所めがけて漕ぎだしんですよ。
何しに行ったとおもいます、おじちゃん?
魚ですよ、さっかっなっ!
機雷の爆破の水圧で、魚が気を失って、大量に海面に浮かんだんです。
おじちゃんは英語で何かブツブツ言っている。
よく聞いてみると、
ということは、ホアヒンの沖でもダイナマイト投げ込めば、魚がたくさん採れるっていうことかぁ
ダメですよ、おじさん、そんなことしたら・・・
おじさんは大声で笑いながら、じょ、冗談だよ・・・
顔は笑っていたが、目は真剣だった。
そのあと、ボクは黒い綺麗な石を求めた。
おじちゃんは、今日は楽しい日だと言いながら、おもいっきりまけてくれた。
ホアヒンのあのビルは、今ではガラス張りのモダンな建物に建て替えられたようだ。
でも、ビルの中は、あの時と同じように
ちょっと寒むすぎるくらいの冷房がきいていることだろう。
2016年8月9日火曜日
8月4日は箸の日でした
8月4日ラジオで
今日は箸の日ですとアナウンサーが報じていた。
単純明快そのまんまの日にち設定なのがいいね。
箸かぁとぼんやりしながら
そう言えばタイ語でなんて言ったけと
これまた、ボンヤリとその言葉が出てくるのを待ったが、不発であった。
ネットで調べると、すぐに思い出し
その言葉の響きもよみがえった。
タキアップ。
日本語のカタカナをそのまま発音した響きがそのままタイ語の発音になる。
この言葉を教わったのは
ホアヒンという港町、もうかれこれ十数年前になる。
レストランとは呼べないような、安くておいしくて人気のあるお店のおばさんに教わった。
この店の人気メニューに火鍋がある。
豚肉などの肉系や港町から仕入れた海鮮系があるが、
高温多湿のなか、テーブルに乗るような素焼きの簡易火鉢に真っ赤っかな炭火で
グツグツと鍋を楽しむ。
ほとんどの人がこれを注文するので、店の中はサウナの一歩手前という感じだ。
店の場所は四ツ筋の一角にあり、店は開け放たれているので、空気はかろうじて流れるし、
カタカタと音を立てて首を振るヨレヨレの扇風機は、
熱い空気を店中にふりまいているだけだ。
昼時は屋台みたいな店が数軒ここで営業し、
夕方以降は、昼間とは異なる料理人が入るようだ。
その夕方には、ボスと思われるおじさんが、店の奥で目を光らせ、
テキパキと従業員に指示を出している。
このボスは、昼間にも店の奥にいることがあり、
どうやら、昼は屋台に店を貸し出しているようだ。
このボスは、従業員に指示をだすだけで、自分では配膳のサービスはしない。
あまりに混んでいて、ビールを注文しにくいとき、
ボスに合図してビールを直接お願いすると、すぐに持ってきてくれる。
ワインクーラーが用意できる時は、それと一緒にサービスしてくれたこともあった。
通い続けて顔なじみになると、店の人達の対応も変化してくる。
日本でもそうだが、要するに融通をきかしてくれるのだ。
混んで行列ができているときなど、それとなく目配せして
店の隅の方に、椅子を無理に用意してくれたこともあった。
現地の人が怪訝な目を投げかけるのだが、
予約の人だとも言っているのだろう、
文句はでなかった。
ある時、道路側のところで食事していると、
日本の焼き芋売りよろしく、
マンゴスティンを山のように積んだ行商の軽トラがきた。
スピーカーから
1キロ幾ら、2キロなら幾ら、3キロでは幾らと聞こえてくる。
これくらいのタイ語なら大丈夫だ。
混んでる店の従業員たちの目が一斉に軽トラに注がれるのがわかった。
安いのだ。
従業員がお客さんをほっぽり出して、みんなレジ袋一杯買っている。
ボクも2キロ買った。
ボスが笑っていた。
いつの間に買ったのだろう、いつものボスのところの机の下から
マンゴスティンいっぱいのレジ袋を見せてくれた。
その店は、フォークとスプーンが通常だされるのだが
その日のボクは箸をお願いした。
そうしたら、顔をクシャクシャにしたおばちゃんが、
親しみのこもったとびっきりの笑顔で持ってきてくれた。
タキアップ、タキアップと
数度その言葉を繰り返し、教えてくれた。
さらに、
この浜の先にお寺があるだろう、カーオ タキアップ、
この言葉も数度繰り返し、
箸のお寺だよ と教えてくれた。
ボクが覚えたばかりの
タキアップを何度か発音すると
おばちゃんはさっきよりも、もっと顔をグシャグシャにして
喜んでくれた。
翌日、自転車で白砂の浜辺を走り、カーオ タキアップへ向かった。
浜辺に沿って国道もはしっているが、
走りにくい砂地をこいだ。
目視できるとんがったところにあるのだが
炎天下、なかなか距離が縮まらない。
浅瀬を渡り、タイヤが砂にもぐってしまうところはかつぎ、途中日陰で休み
汗だくになりなんとか、着いたときはへばっていた。
カーオ タキアップの高台に登り
いま来た、ホアヒンの浜を振り返った。
吹きあげてくる浜の風は心地よく、
目にうつる景色は優しく心穏やかにしてくれた。
猿が、犬を押さえつけて毛づくろいをしていた。
犬はされるがまま、気持ちようさそうな表情をしている。
その脇で、金ピカでデカイ仏像が沖に向かってたっている。
道中の安全を祈った。
2016年8月8日月曜日
ここ二日間の高温
台風の影響か、小雨が降った。
日本のあちこちで40℃近くの気温は、もうじき亜熱帯日本となり、
台湾と変わらなくなってしまいそうだ。
北海道は米が酪農製品を上回り、今までの米生産分布が大きく変わるだろう。
この二日間、確かに気温は高かったが、
体にまとわりつくような、ねとねとベッタリな湿気は感じなかった。
病気をして、現在も以前の体調の6割程度しか回復していないが
体質が変わってしまったのかもしれない。
まぁ、27〜28度に設定したエアコンの部屋でほとんど一日を過ごしているので
外の状況にうとくなってしまっているのだろう。
体の調子が幾分良い時に、刈払い機で8分刈りの虎刈り状態にした庭が
このお湿りで元気を回復し、スクスク伸びそう。
夏は雑草との戦いだな。
日本のあちこちで40℃近くの気温は、もうじき亜熱帯日本となり、
台湾と変わらなくなってしまいそうだ。
北海道は米が酪農製品を上回り、今までの米生産分布が大きく変わるだろう。
この二日間、確かに気温は高かったが、
体にまとわりつくような、ねとねとベッタリな湿気は感じなかった。
病気をして、現在も以前の体調の6割程度しか回復していないが
体質が変わってしまったのかもしれない。
まぁ、27〜28度に設定したエアコンの部屋でほとんど一日を過ごしているので
外の状況にうとくなってしまっているのだろう。
体の調子が幾分良い時に、刈払い機で8分刈りの虎刈り状態にした庭が
このお湿りで元気を回復し、スクスク伸びそう。
夏は雑草との戦いだな。
2016年8月5日金曜日
飛行機の国際線の乗り継ぎ案内みたいのがあるか調べてみた
あった。
http://www.skyscanner.net/
海外旅行は以前ずいぶん楽しんだけど、こんな便利なサイトがあるなんてちっとも知らなかった。
今までは、目的地の近くの空港から、
成田か羽田まで飛んでる乗り継ぎ空港を調べてという方法だったけど
このサイトなら、出発・到着時刻、飛行時間、運賃が一度にわかる。
とりあえず、メキシコシティを調べた。
太平洋を越えて、飛行路線が結ばれると、もう気持ちはメキシコシティだ。
やはりずいぶんかかるなぁ。
まっ、こんなもんか。
なんで、調べたかというと
20代の頃に、貧乏海外旅行を何度かしたことがあり、
そのときに、たとえば
羽田を8月5日の朝10時に出発したら
地球上のどこかに
出発日と同日の同時刻に着く場所がどこかにあるはずだ
と考えたのがずっと、頭のなかにこびりついていた。
飛行機にのるたびに、座席に備え付けの航空会社の路線図であたりをつけると、
どうやら、メキシコシティあたりがこの条件を満たしていそうだと推理した。
しかし、これは何十年も前の条件で考えたことで、
現在ではあてはまらないかもしれない。
しかし
その後は何十年とこの問題はほったらかしにしてしまっていた。
このサイトの結果を見ると、全然満たしていないことになるが
同日は無理?として、同時刻はどこかにあるはずだ。
朝10時に出発して、到着したら同じ朝の10時
なんとなくおもしろじゃないか
さて、2016年現在、この条件の空港はどこだろう?
http://www.skyscanner.net/
海外旅行は以前ずいぶん楽しんだけど、こんな便利なサイトがあるなんてちっとも知らなかった。
今までは、目的地の近くの空港から、
成田か羽田まで飛んでる乗り継ぎ空港を調べてという方法だったけど
このサイトなら、出発・到着時刻、飛行時間、運賃が一度にわかる。
とりあえず、メキシコシティを調べた。
太平洋を越えて、飛行路線が結ばれると、もう気持ちはメキシコシティだ。
やはりずいぶんかかるなぁ。
まっ、こんなもんか。
なんで、調べたかというと
20代の頃に、貧乏海外旅行を何度かしたことがあり、
そのときに、たとえば
羽田を8月5日の朝10時に出発したら
地球上のどこかに
出発日と同日の同時刻に着く場所がどこかにあるはずだ
と考えたのがずっと、頭のなかにこびりついていた。
飛行機にのるたびに、座席に備え付けの航空会社の路線図であたりをつけると、
どうやら、メキシコシティあたりがこの条件を満たしていそうだと推理した。
しかし、これは何十年も前の条件で考えたことで、
現在ではあてはまらないかもしれない。
しかし
その後は何十年とこの問題はほったらかしにしてしまっていた。
このサイトの結果を見ると、全然満たしていないことになるが
同日は無理?として、同時刻はどこかにあるはずだ。
朝10時に出発して、到着したら同じ朝の10時
なんとなくおもしろじゃないか
さて、2016年現在、この条件の空港はどこだろう?
2016年8月4日木曜日
シンワ15cm直定規を衝動買いした
15cmのありふれたステンレス製の直定規、
特売期間だったんで洗剤を買いに行ったついでに
衝動買いしました。
270円。
すでに15cmは2本あるのですが、それらは片方が0.5ミリに目盛ってあって
細かすぎて見にくいんです。
これって目盛っているとき、結構うっとうしい。
これは目盛りが両側共に1ミリきざみなんです。
あと、定規の丸穴が開いている方の端が少しまくれていて、
取りやすい工夫がしてあるのだけれど
これよりも、両側が同じ目盛りのほうがありがたい。
2016年8月3日水曜日
シソがたくさんで元気、でもバジルは・・・
シソが元気に育っています。
食べても食べても次々と葉をつけてくれてます。
虫達も玄関先までは遠征しないみたいで、虫食いはほとんどなし。
去年のたった一本のシソから、その種が散ってこんなになって、
間引かないといけないかなとおもったまま、放っておいたらこんなになりました。
ここまでは、めでたしめでたし。
しかーし、
バジルが元気がない。
先日この大きさになってからはじめて、ハイポネックスをあげた。
1週間に1回くらい肥料やって様子を見てみましょう。
トマトのサラダやトマトソース系のパスタには
このスイートバジルかかせないからなぁ。
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