炎暑のホアヒン、涼をとるのに街なかの古いビルを利用した。
その中に宝石店があった。
何度かひやかしに店をのぞくのだが、
昼寝でもしているのか、商売ッケがないのか
誰も出てこないことがあった。
やっと出てきたのは、
髪を七三に分け、こざっぱりした、紳士一歩手前のおっちゃん風のおじちゃん。
ボクよりもずっと年配である。
話好きらしく英語が話せるので、あれこれとおしゃべりをした。
ショーウインドーにいろいろな色のきれいな石が並べられているのだが
その黒い石を見せてくれないかとお願いすると
おじちゃんはそれを出してボクに見せながら、
遠くを見るように店の天井のほうに目をやりながら、話しはじめた。
第二次世界大戦のときだ。
日本軍はこの先の山の国境線あたりで英国軍と戦ったんだ。
激しい戦闘が繰り広げられたぞ。
両軍とも沢山死んでな。
砲弾があちこちでドッカーン、ドッカーン、ドッカーンだぞ。
山肌の形が変わってしまうくらい、両軍ぶっ放した。
両軍の兵士が退去してしまうと、
間髪入れず、地元の人間がどこに潜んでいたのかとおもうぐらい
あちこちから現れてくるんだ。
砲撃で崩れた岩ゴロゴロのところに
何をしに来るのだとおもう・・・
この店にある、並べてある石を求めて集まってくるのさ。
岩の中にある、宝石を探しに集まってくるのさ。
戦闘の行われた山は、原石がたくさん見つかるところだったという訳さ。
うちは親父がこの商売を始めたのだけれど、
戦闘地で荒れ果てた山をまわっては、
コツコツ原石を集めて生きてきたと言っていたよ。
ダイナマイトなんか使わなくたって、原石が眠っている山を
ドッカーンってやってくれるんだから、
助かったねぇ、ってさ。
タイの人はさ、日本にそんなに悪い感情はないんだよ。
日本は負けたけどさ、見事に復興して頑張ってるじゃないか。
バンコクや他のタイのところにも、たくさん援助してくれている。
たいしたもんだよ。
ひとしきり、そんな話を聞いた後
その砲弾のドッカーンで、思い出したことがあるんですよと
今度はボクが話しだした。
やはり戦争の時の話なんです。
戦争中ではなく戦争が終わってすぐの話なんですけど。
それも山の話じゃなくて、海の話なんです。
おじちゃんは海の話と聞いて、体を乗り出してきた。
東京は知ってますよね、
おじちゃん大きくうんうんとうなずく。
東京は東京湾というこんな風な湾があるんです
といって、ボクは両手の人差し指と親指で縦長の輪を作ってみせた。
両手の親指のところを少しはなして、
ここのところが東京湾の出入り口になります。
ここのところは敵の侵入を防ぐために、と言いながら
ボクは両方の親指をピクピクと動かした。
陸にはあちこちに砲台を作り、
海の中には機雷をたくさん設置したんです。
おじちゃんは、ホォーっと言いながら
ボクの親指あたりを伸ばした手で指差しながらフムフムときいている。
米軍がこの後東京湾に入れないと困りますから
米軍の指示で、機雷解除を日本の海軍に命じたわけです。
手っ取り早く解除するには、設置してある機雷を爆破させるのが一番なんです。
爆破と聞いたとたんに、おじちゃん、目が輝きだした。
機雷爆破当日、爆破予定の海域は船一艘なく静まり返ってました。
遠くに停泊している船から、爆破合図の
ウーーーッという甲高いサイレン音がなり、ほどなく
ドッカーン、ドッカーン、ドッカーンっと海柱が連続して立ち上がったんです。
おじちゃんは、さっき自分で話したドッカーンがでてきたので、
今度はどうなったのか早く聞きたくて、続けろ続けろとせかす。
海柱がなくなり、海面が穏やかになりかけたと同時に、
地元の漁師たちの船が一斉にその場所めがけて漕ぎだしんですよ。
何しに行ったとおもいます、おじちゃん?
魚ですよ、さっかっなっ!
機雷の爆破の水圧で、魚が気を失って、大量に海面に浮かんだんです。
おじちゃんは英語で何かブツブツ言っている。
よく聞いてみると、
ということは、ホアヒンの沖でもダイナマイト投げ込めば、魚がたくさん採れるっていうことかぁ
ダメですよ、おじさん、そんなことしたら・・・
おじさんは大声で笑いながら、じょ、冗談だよ・・・
顔は笑っていたが、目は真剣だった。
そのあと、ボクは黒い綺麗な石を求めた。
おじちゃんは、今日は楽しい日だと言いながら、おもいっきりまけてくれた。
ホアヒンのあのビルは、今ではガラス張りのモダンな建物に建て替えられたようだ。
でも、ビルの中は、あの時と同じように
ちょっと寒むすぎるくらいの冷房がきいていることだろう。
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