2016年8月28日日曜日

父が帰ってくるとき  その3

 父の機嫌を損ねまいと、中に入ってパチンコをした。
父は
どんどんうて もっと速く どんどんうて とせかす。
そんな打ち方じゃ 玉は減らないぞっ

 父のその慌てぶりと、うてっ というその言葉で
軍艦マーチの大音響のなか、
左手で玉を込め、右手の親指でぱちんと弾きながら
兵隊で戦争に行った学校の先生が最近教えてくれたはなしを
ボクはおもいだしていた。

 敗戦まぎわ、日本はあちこちで空襲がひどくなっていた。
海沿いの山の中腹にひそんでいた十人にみたない兵隊を従えた小隊長の上空から
敵戦闘機が数機、機銃を掃射してきた。
小隊長の命令で銃剣を敵機に向け撃った。
しかし、すぐに弾を撃ち尽くし、兵隊たちは、小隊長の方をみた。

 敵は上空であるっ 貴様ら 俺の方を見て何になるっ

 小隊長は血相を変えて怒った。
何をしておるっ、弾がなくなったら、口で撃て
パン パン パンッ 
口で撃って撃って、撃ちまくれっ
そんな打ち方では敵機は撃ち落とせんぞぉ

兵隊たちは全員、大声でパンパンと言いながら
銃剣を上に向けて打ち続けた。

授業の合間にそんな話をしてくれた先生の表情は
悲しそうであったが、どこか飄然としていた。

 敵機は減らなかったが、パチンコの玉も減らなかった。
台の玉溜まりのところが盛り上がりだしてきていた。
ボクはタバコの煙が目に染みて我慢できなくなり、
充血してきた感じの両目を指差し父に見せ、外に出た。
先ほどと同じところでボクは息をととのえながら、また今川焼き屋を眺めていた。
さっきより人が増えてお店の前に人が並んでいた。

 おいっ ◯◯、
父が慌てている。
やらなくていいから、こっちへこいっ
父の台の前に行くと、さっきよりもっと箱が増えていた。
打っても打ってもちっとも減らない、
どんどん出てくる、この台、変だぞ。

 父にパチプロのおばさんから教わったことを伝えたかったが
ボクはだまって、お店のお兄さんを呼びに行った。
父はただパチンコを楽しみたかっただけだったのだろう。
もうけることなんて、これっぽっちも考えてない。

 ボクのお小遣いよりもずっと多いお金を手にした父は、店を出ると
ちょっと立ち止まって、何か思いついた様子だった。
ボクはまた悪い予感がした。
頭がまだもやもやし、喉や目もヒリヒリしていた。


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