2020年1月7日火曜日

横田基地前「DRIVE IN TOKYO」証拠写真やっとみつかった

 子どものころ、横浜から16号線を下って、埼玉県北部へ行くとき
たいてい、横田基地の前にあるドライブインで休憩しました。
そのドライブインの名前が思い出せなく諦めていたのですが、この写真をみて記憶復活です。
1963or64年頃だとおもいます。



 姉はオムライス、ボクはカレーorハヤシライス?大盛りかもしれません。



 滑走路が眼前で、金網越しに着陸するファントムのようなジェット機を眺めてました。
耳がどうのこうのではなく、胃がブルブルと震えるような轟音で、それはもう音ではなく強烈な圧力そのものでした。葉巻のようなエンジンに小さなヒレがついているだけで、空飛ぶ金属の巨大な鰹でした。

 埼玉方向から来ると、羽村の動物園へ入るところの十字路を過ぎてしばらく行ったところの左側あたりだったような気がします。


2020年1月6日月曜日

カルロス脱出おめでとう

 見事な脱出(劇)でした。
囚われた国で、このままその国の前近代的時代遅れの人権無視のとんでも裁判で裁かれ、
絞首刑しかないと判断したら、囚人は脱獄しか助かる道はありません。

 日本という国で悪さをして捕まると世界最悪の部類に属する裁判にかけられるのです。
拘置所や囚人生活は他国に比べると、はるかにマシかも知れません。
しかしだまされることなかれ。
検挙されるとほぼ100%で有罪が確定し、そういった素晴らしい施設で過ごすことになるのです。
実際は70%程度らしいですが、素晴らしい施設であることは100%保証します。

 日本以外で育ち、日本で生活することになった方々、
日本で悪さをしてはならないのです。


2020年1月5日日曜日

「身の丈に合った」攻撃やめてくれ

 ここのところ、「身の丈に合った」という表現が攻撃を受けています。
ジジイは座右の銘に等しくこの言葉を大切にしており、憤懣やるかたありません。

 自分の稼ぎにみあった、身の丈に合った生活をする。
いつも心がけていることです。

 使い方が間違ってますよと指摘するならば、問題はないのですが
そうではなく、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なのです。
特に言葉を大切に活字になる新聞でさえもです。

 慎ましく身の丈に合った老後を過ごす、所存であります。


2020年1月4日土曜日

スクルージ逃亡

 守銭奴スクルージことカルロス・ゴーンが日本を脱出した。
スパイ映画・小説もどき、見事といえば見事!

 こんなふうに、沢山の人が日本の出入国記録に履歴を残さず、出入りしているのだろうな。

2020年1月3日金曜日

白い航跡 上・下 吉村昭 を読んだ

白い航跡 上・下
講談社 1991.4
吉村 昭 著


 いやぁー、感動感銘感涙・・・ 
涙があふれる。

 ジジイは約30年前に、
板倉聖宣『模倣の時代』(上、下)仮説社、1988年。
松田誠『脚気をなくした男 高木兼寛伝』講談社、1990年
などを読んでいる。

 なので高木兼寛の生い立ちや様々な周辺の出来事などは知っていたのだが、「白い航跡」を読んで感動新たにした。

 どうしても脚気論争には触れぬわけにはいかぬ。
石黒忠悳(いしぐろただのり)・森林太郎(森鴎外)一派、現在の東京大学医学部の一派が脚気細菌説に固執したため特に日露戦争で甚大な脚気患者と死亡者をだしたことは当時でも非常に問題視された。

 彼ら一派がときのドイツに留学して師匠としたのがコッホである。ノーベル賞を受賞し日本にも立ち寄った。森鴎外にとってコッホは直接の師にあたる。

 コッホは脚気論争さなかの日本で意見を求められ、
何よりもまずは患者を減らし死亡者をなくすためには、その診断治療法を確立させ、原因やその病理の研究はあとにするのがよいと明快に答えている。

 まったくもってそのとおりの判断なのに、細菌説を唱える一派は師匠の意見を無視、ひたすら一派の理論にこだわった。病人患者を無視して面子にこだわったと批判されてもやむをえまい。

 コッホの唱えたような方針をとらなかったために、戦う前にたくさんの脚気による死亡者を出したことは、陸軍医療をあずかる者たちに責任があるのは明らかだろう。

 現在でも森鴎外にその責任はなかったという書籍があるのだが、これだけの膨大な資料がある中でいったいどこをみてそような主張をしているのだろう。

 文学者としての森鴎外はたいしたものだ。また腸チフス患者を減らしているという功績もある。
しかし、こと脚気に関してはまったくもって鉄面皮、とりつくしまがない。

 論争から間もなくして、脚気がビタミンB1不足によるものであることが決定的になった。
脚気細菌説一派の森鴎外は大正11年に亡くなり、上官であった石黒忠悳は昭和16年96歳でなくなっている。しかしながら、かってその一派にいた医学者や臨床の医者はまだまだたくさんいた。意地悪くかれらの声を聞いてみたいものだと思うのだが、何一つ聞こえてはこぬ。


2020年1月2日木曜日

年末年始 日本酒購入

 4本買ったうちの1本。



 逆光でよくわかりません。

裏のラベルは


 とあります。米麹が国産米となってますが
飲んだ感じは山田錦系のような感じがします。

 申し分ない味わいです。
価格が¥2300円、ジジイの若かりし頃からの日本酒経験では五千円前後のものと遜色ありません。
生なのでどうしてもキレ感が鈍りますが、それはどうしようもないこと、どんな有名銘柄の生を飲んだってこの感じは変わりません。
生の味わいということです。

 冬季限定販売なので興味のあるかたは、五十嵐酒造へ。


2020年1月1日水曜日

おせちを注文購入した

 地元で石森こんにゃくで有名なお店で購入しました。
普段は週末などに煮しめがおいしく、たびたび購入してます。
また草餅も安くて大きくすべて手作りと三拍子そろって、冷凍にして母に送ったりしてました。



 画像のとおり、ふだん500円パックで販売しているものと変わりません。
右上の魚がいつもならイカです。
おせちだからといって、豪華にしないところがとても気に入ってます。

 右上に大根があります。
おいしいんです。
ジジイの衰えた味覚での想像です。きっとこんなふうに炊いているのでは予想しています。

 輪切りにした大根を塩麹で揉み込み、ほんのかすかにタクアン風味にします、ホントにわずか。
しばらくなじませたら、それを白だし・酒・みりんなど炊きます。ただしだしを濃くしすぎると麹の風味がとんでしまいますから、ここは腕の見せ所です。

 社長はもうそこそこのお歳ですが、毎日朝3時起きだそうで、おせちを取りに行ったときはお店の前で里芋をむいてました。

 昨夜大晦日の晩飯で食しました。
魚は鰊(ニシン)の昆布締め。
大根は残念ながら普通に炊いたものでした。
里芋もおいしい。
ニシンがことのほか旨く、半分は蕎麦と一緒ににしんそばとなりました。


 新年元旦初日の出に手を合わせ、衣食住足りているのに、無病息災と祈りました。