2017年9月7日木曜日

長い靴べら完成

 樫が8本、栗が4本、栗の短いのが2本完成しました。
樫は1本3000円、栗2500円、栗の短いのが1500円。
樫約95cm2本、樫約85cm6本、栗約80cm4本、栗約50cm2本です。





 夏の間、今年は涼しい日もあったのでコツコツ削りました。
仕上げに使ったこのスクレーパーが活躍しました。






2017年9月6日水曜日

カジノを作るんだって(怒)

 世界に冠たる賭博王国にっぽん。
なんだってある。
競輪競馬競艇オートレースパチンコ宝くじ各種ロトさらに闇賭博・・・
詳しい人は、さらにあれもあるこれもあると指折っていることとおもいます。

 各賭博協会というか団体はそれぞれホームページをもってますから
売上を調べることはとても簡単です。
2015年度を調べました。

日本中央競馬会 2兆5833億9186万
地方競馬 4310億2738万
競輪 6308億527万
競艇 1兆422億8240万
オートレース 678億4959万
以上公営賭博で、
パチンコ 市場規模で18兆円?

 競艇ってスゴイんですね。
知らんかった。
宝くじやロトは皆さん調べてください。
きっとものすごいはずです。

 国もこれはまずいとおもったのでしょう、
各賭博場ではATMを撤去するそうです。
射幸心を刺激してはいかんのだそうだ。
なんともはや・・・

 こんなにたくさん充実しているのに、
これ以上公営のカジノなんていらないじゃん。
やりたい人は外国に行けばよろしい。


 話はちょっと変わって、
先日テレビでこんな番組をやっていた。

 モンゴルから出稼ぎに来ている人が、
努力苦労が報われ仕事が軌道に乗り生活にも余裕が出てきた。
母親が以前より息子が出稼ぎに行っている日本に行ってみたいというのを
本人は親孝行のつもりで招待した。

 母親にどこに行きたいかと聞くと、
競馬場がいいという。
大井競馬場で半日以上を馬を見て過ごした。
馬券は購入せず、馬を見てレースを観戦するだけだ。

 母親は、すべてのレースで1着2着を当てた。
息子は驚嘆したが、それでも最後まで馬券は買わなかった。
彼はなぜ母親が的中させることができるのかと一瞬戸惑ったが
すぐに母親の遠くになげやる目を見て了解した。

 母親の透き通った瞳のなかに
モンゴルの草原を群れになって走る馬たちを見た。
母親は何代も続く馬の放牧経営の牧場主の家系だったのだ。
若い母が馬に乗り草原を駆け回る姿を彼は思い出していた。

 馬券は買わなかったが、
母親はひとこと息子にお願いした。
「あの馬に乗ってみたい」


 事実は小説より奇なりといいますが
これと似た話が小説であります。
ネタバレになってしまうので作品名は記しません。
昨今、現実と物語の境界がますます不分明になってきているな。


2017年9月5日火曜日

アカメ生け垣カット

 9月4日月曜日 曇り 気温23℃ 涼しい
庭仕事にはうってつけの気候だぞ。

 朝9時から約1時間生け垣のアカメをおもいっきり切った。
切ったはイイのだけれど、山のようになった枝をゴミ出しするのが悩ましい。
ついでにエニシダも左と右に枝分かれしていた右側をカット。
すっきりしたね。




 おかげでオリーブの日当たりも風通しも良くなり成長するかな。


 切った枝の片付け、これがまた大変なんだ。
今日は9月5日火曜日 ごみ収集日です。
昨日夕方、ひと束づつにして車で2回集積場まで運んだ。




 お陰で昨日も今日も腰に湿布するはめになってしまった。
心臓がなんとか耐えているのでよかったです。




2017年9月4日月曜日

「ヒュースケン日本日記」を読んだ

 読むきっかけは、
東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 20 号(2013)
にある下記画像の研究紀要でした。



 大変に充実した、ワクワクするような内容です。

 その中に出てくるのが、「ヒュースケン日本日記」です。



 約160年前の世相が、幻燈を見るように活写されてます。
日本の将軍にアメリカ合衆国の親書を奉呈する場面が、
こちらは映画やテレビの時代劇ではなく本物で、
タイムマシンにのった気分で不思議な気持ちになります。

 そして日本に来る途中で、タイ国王に謁見し同様のことをする場面も興味深い。
バンコクの当時の様子が、熱気も湿気も伝わってくる。
果物の食レポの記述が愉快だが、ドリアンがその当時から
きっと昔から、厄介者の果物筆頭なのが納得する。

 山下琢巳氏の研究紀要が実によい。
ハリスとその一行が東海道を上る行軍は絵巻物を見るようだ。
当時の浮世絵をその都度ググって読み進んだが、
文章・視覚の両面から幕末の街道の様子を想像することは楽しいひとときでありました。




2017年9月3日日曜日

食べ尽くすのか食べ続けるのか

 クロマグロの記事を見たり読んだりすると、
必ず「食べ尽くすのか食べ続けるのか」を考えます。

 選択肢はこのふたつしかないと考えます。
人間はクロマグロを食べなくても生きていけます。
つまり贅沢のために食っているわけです。

 食べ尽くしてしまうということは、
贅沢を追求した結果ということは明らかであります。
ひとつの種を絶滅させることになります。

 贅沢を長続きさせ継続させたいのであれば、
年がら年中食うことを我慢しなければなりません。

 食べ尽くさずに食べ続けたいということを考えた結果
クロマグロの養殖が研究され現在では販売もされ始めました。
人間の欲望の結果なのでしょうが、我慢はできないようです。

 羽毛のために鳥を、毛皮のために獣も絶滅させました。
ヒトラーは勝手な思い込みでユダヤ人を絶滅させようとしました。

 クロマグロの記事を目にするたびに
人という種の恐ろしさで、
おいしいクロマグロの刺し身が喉をとおらないのです。


2017年9月2日土曜日

「江戸・明治百姓たちの山争い裁判」草思社 渡辺 尚志 著

 古文書をひもといて、あらわされる百姓たちの山争い裁判の史実は
テレビや映画で見ているようなものとはだいぶ異なっている
のだなと目をパチクリとした。



 日本は7割以上が山であることは、子どものときから知っている。
あまりに当たり前すぎて、その山が普通に自然にまかせてできあがっているものと
何の疑問もなくおもっていた。
ところがどっこい、全国の百姓たちは命がけで自分たちの山を、
守ってきていたことを示す、古文書が全国にたくさん存在するのだという。

 本書では、そのうちのふたつ、信州と山形の山争い裁判の古文書を詳しく紹介している。
百姓とお代官様の関係も、時代劇の見過ぎで「おぬしもわるよのぉー」になってしまうが、
そんなことはないとわかっただけでも、近在する山々を眺める気持ちが新たになった。

 7割もある山々はお百姓さんたちが命がけで守ってきた結果なのだ。
山形は天童の山争い裁判では何十年もかけ、親から子へと引き継がれながら争っている。

 しつこいという表現は裏にうるさいという悪意があるが、
いったん結論が出されたあとも執拗に控訴・請願・懇願など
あらゆる手立てを考え、しつこくネチネチと一歩も引かない。
命がけなのである。

 そういった、小さな村々の山争い裁判が全国で行なわれていた結果が7割の山なのだが、
これからは、日本地図を見るときの意識が変わることだけは確かだな。

 母方の実家はお百姓さんです。
ボクのじいちゃんが、食うものも食わずに水だけで我慢して
土地を僅かばかり増やし、ご先祖の土地を守ってきたんだぞと
よくきかせてくれたことを思い出しました。

 もう何十年も前のことです。 
母の実家が、池袋から90分の通勤圏に入ったとき
住宅開発が同時に始まりました。
じいちゃんが汗水働き苦労してきた農地を、
切り売りするとき、
同じ言葉をため息を吐き、白湯をすすりながら
独り言のように言っていました。


2017年9月1日金曜日

セラミックミル

 セラミックミルを買った。
これで3つめ。

 現在使用中のミル各種画像がこれ、
左から、塩・黒胡椒・白胡椒・胡麻です。



 塩のミルは、入る量が少ないのが困っているだけでしたが、
今回奮発して、塩専用を購入しました。



 モデルチェンジをしたようで、外形の頭部分が変わったようです。
セラミックのミル部分は変わっていなさそう。