2026年4月19日日曜日

「江戸町奉行所 与力・同心の世界」を読んだ4

 幕府が瓦解して、新政府はすべてのことを引き継がなければなりませんでした。慶應から明治に変わったからといって、まわり舞台のように人も物もすべてというすべてがそっくり入れ替わるわけではありません。町奉行所の囚人はそのまま牢屋に入っているし、幕末の動乱で江戸の町は乱れきっていました。

 そこで、一切合切の町奉行所の仕事の引き継ぎを行ったのが長敬なのでした。明治になって町奉行所は司法と裁判所などへ変わってゆきました。

 これは半藤一利が指摘していることなのですが、明治維新政府はトップは新政府の人員としたが、それより下のナンバー2以下はもとのまま幕府の役人たちに任せていたと述べています。そんなふうにしなければとてもじゃないけど、政権を回せていけなかったからです。

 そして、その良い例が、この江戸町奉行所の引き継ぎでした。

本書にはその引き継ぎに関係した者の写真があって、写真の裏には「明治元年五月江戸町奉行所授受ニ関係シタル生存者」と書き込みがあり、撮影は明治42年(1909)秋でした。

 写真前列中央二本差し姿の土方久元(1833-1918)は土佐藩出身で、引き渡しのときに新政府側の接収の代表者のひとりとして与力・同心の彼らに対面した人物でした。土方は長敬がまとめた膨大な引き継ぎ資料・史料を絶賛しています。

 幕末から江戸市中は放火・略奪行為・大規模な打ち壊しや米騒動など治安維持が深刻化していたのですが、なにはともあれ、引き渡しが比較的円滑に進められていったことは、新政府にとっても、また庶民にとっても大いに再出発の土台となったはずであります。

 つづく

 

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