2019年1月7日月曜日

改元2

 次の改元は文久になる。「古今稀成年代記(ここんまれなるねんだいき)」より

万 延 二酉 年 二月 九  日、飛物 致 し、西 ノ方 より飛び出し、
まんえんにとりどしにがつここのか、ひぶついたし、にしのほうよりとびだし、

東  ノ方 江落 候   、其 音 大 筒 ・鉄 炮 打 如 し、朝 六ツ頃
ひがしのほうへおちそうろう、そのおとおおづつ・てっぽううつごとし、あさむつころ

文 久  元 年 と年 号 改 元 、酉 二月 晦日 御支配 様 より触 出し、
ぶんきゅうがんねんとねんごうかいげん、とりにがつみそかごしはいさまよりふれだし、

三 月 五 日拝 見 仕    候
さんがついつかはいけんつかまつりそうろう

 文久元年は1860年。
この前年1859年5月横浜開港。異国の圧力に耐えかね開国したものの物価高騰の原因のひとつになる。
また江戸後期のこの頃は天災地変も頻発して幕府の疲弊をはやめたようだ。政治経済も混乱しまさに動乱の時代となった。しかし異国人のたちが残した当時の庶民の様子は違う。
渡辺京二氏の「逝きし世の面影」に詳しい。

二月晦日にお触れが出て、三月五日に拝見とあるから、一週間もしないうちに改元されちゃうわけだな。頻繁にやるんでお上も慣れてるってことだ。
なんせ、この「万延」年間は1年間。

つづく


2019年1月6日日曜日

改元1

 今年4月に改元されるらしい。

 ジジイの住んでおるところから山深く入ったところに、かって上名栗、下名栗村というところがあった。江戸時代後期、そこの平沼源左衛門さんという名主が「古今稀成年代記(ここんまれなるねんだいき)」という日記のような記録のようなものを書き残していた。代々引き継がれたようで弘化3年(1846)〜大正8年(1919)までの74年間ではあるが大きな時代の節目の記録として貴重なものだろう。

 改元した年の記録だけを抜き出してみた。

一   万 延 元 年 と年 号 閏  三 月 一日  御府内 御触れ、
ひとつ まんえんがんねんとねんごううるうさんがつついたちごふないおふれ、

名栗 閏  三 月 十  六 日 拝 見 いたし候、
なぐりうるうさんがつじゅうろくにちはいけんいたしそうろう、

切 杉 八 寸 より九  寸 迄 長 サ弐丈  壱 丈
きりすぎはっすんよりきゅうすんまでながさにじょういちじょう

御本 丸 様 御普請 ニ付 お入 用
ごほんまるさまごふしんにつきおいりよう


 あっさりとしたものだ。改元が特に珍しいものではなく、年がら年中行われていたためだろう。
明治政府から現在に至るまで国体護持を強調して年号の扱いを厳しく取り締まった。
公用文書は元号でなければならぬとか様々な混乱をみるなか法律で元号法を1979年にさせたりした。
時代の流れではなく、もともと押し付けたのが間違いだった。
今度は政府は免許証は西暦併記でもよいと言っているそうだ。

 元号はそれぞれの時代を醸し出す表札のようなものでよろしい。
話をもとに戻す。

 切杉云々は、前年の安政6年10月17日に江戸城出火、その本丸普請のために、西川材という杉が入り用になったということだ。名栗あたりは西川材の有力な産地で、現在でもその名残の製材所や材木屋さんがある。西川材のいわれは単純で、江戸の西からやってくる材木の総称。

つづく

2019年1月5日土曜日

父の命日を間違えた

 昨日1月4日、役所の帰りに父の命日だからとお墓によった。
そこそこ大きな墓碑があるのだが、確かめてみると
あらら、翌日の5日ではありませんか。
親不孝な息子であります。
許されよ、父上。

 父は自分の死期をわかっていたとおもう。
身の回りのものはほとんどきれいに整理してあった。

 真っ暗な小さな冷たい小部屋をのぞいてみた。
がらんとしたその部屋にやや大きなクリスマスケーキが2つ並んでいた。

 そのケーキをみて、はじめて涙がこぼれ落ちた。
今日はもう一度墓参りする。


2019年1月4日金曜日

男体山

 市役所に出かけた。
ここの役所の小さな西向きのバルコニーからの眺めが好きだ。

 今日は昼近くになってしまったので、視界があまりきかまい。
それでも男体山が見えた。



 さらにその西側にも雪をしょった山々が見えた。

 役所への往復の道、混んでたな。


2019年1月3日木曜日

東京の元旦過去59年間の天気

 元旦より快晴が続く。
東京の元旦朝9時の天気を調べてみた。
晴45曇10雨4雪1、やはり晴天率は76%と高い。

 最高・最低気温をグラフにした。



 最高気温はなんとなく右肩上がりのような気もするが、それほどの変動はない。
最低気温は右上がりといってよいかもしれない。
やはり寒さがゆるくなってきているのだろうか、温暖化なのだろうな。

 北国が気になり、新潟・秋田・山形など調べたがどこもデータはあるが、東京のように一覧にまとまっていない。
残念。


2019年1月2日水曜日

雪印バター

 正月早々くだらぬ話。
許されよ。

 4年前にバターケースを試作した。
1年以上使い問題がなかったので、栗材で6個同じようなものを作った。
こんな感じに収まる。



 昨年、切れてるバターの存在を知った。
同じ雪印製品である。
一片ずつが簡単に使えるよう切れ目があらかじめ入れられていて便利である。
同じバターケースに入れるとこんな感じである。



 ところが蓋が閉まらぬではないか。
ふたつを並べてみる。



 重さが半分なので単純にもとの半分の大きさになっただけとだと思いこんでしまった。
測ってみた。
大きい方の高さは30mm,
切れてる方は33mm,
共に箱の外見寸法である。

 なぜ同じ高さにしなかったのだ。
蓋ができぬではないか。
「切れてる」バターを買ってキレタなどとくだらぬ冗談は言わぬ。

 きっと今までのバターケースに入らず泣いている人々がいるはずだ。
雪印ともあろうものが、どうしてこんな不始末をしてくれた。
開いた口が塞がらぬ。

ジジイは正月早々気持ちが穏やかではないぞ。


2019年1月1日火曜日

手袋を買った

 年末に手袋を買った。
目的のもの(スリッパーキャップ)を買って、なんとくブラブラ気になる物品の情報収集をした。
広告の品の棚にある手袋に手をつっこんでみると、まぁまぁいい感じだ。
手を入れた感じも窮屈感はない。
ちょうど買いたいと考えていた品なので買うことにした。




 それまでのが、今でも使っているが、これ。




 長野オリンピック前にLLビーンかエディー・バウアー通販で米国から買った。
20年以上前ということか。
指先を繕ったりしていたが、そろそろ限界に近づいてきた。
左手親指内側はもう修復しようがない。
6年前の大雪の雪かきで擦り切れてしまった。

 ボロボロだが愛着があるのでまだ使うつもり。