2019年10月7日月曜日

拝島駅 五日市線青梅線八高線

 母の顔を見た帰り、拝島駅の16号線武蔵野橋の真上で信号待ちになった。
何という偶然!
左車線に車はなく3路線がよく見えるところで停車することができた。
すぐにカメラでパシャリ。



 左から順に五日市線、青梅線、八高線である。
3路線が同時に入線するか出てゆくかを見るのも一興だろうな。


2019年10月6日日曜日

母住まう施設へご機嫌伺い

 数カ月ぶりに出かけた。
とても元気で朗らか、昼食も同席したが食欲旺盛であった。

 部屋の壁に貼られている、七夕のときの短冊だろうか、それとも正月を迎えるにあたってのお願いだろうか。



「今年も元気で過ごせますよう
願っています。欲を云わずありのま々で
靜な毎日が過ごせますよう願っています」

 愚息はジジイになってしまってその上心臓の病をかかえてしまった。
そうそう母のところへも来れぬ。

 母は、お前にまで経済的負担をさせて申し訳ないねと言われるが
そのようなことはどうかご心配されぬな。

 兄にすべて任せっきりになって、ジジイは
心より申し訳ありません母上とおもっているのです。
どうか許されよ母上様。


2019年10月5日土曜日

西村園 東京紅茶

 いつもこの道を通るときとても気になっていた。
今日こそはと立ち寄り、紅茶を購入した。



 テトラパックのティーバッグのものは業者に頼んでいるということもありやや割高で
ティーバッグ20ケ総量40gで540円。
リーフティーのものは60gで540円。1.5倍の価格差である。でかい。

さて味の方。淹れ方の説明書をもらった。




ジジイはコヒーより紅茶の方が好きで、子どものころより親しんでいる。紅茶は緑茶同様、良い水で飲まねばならぬ。水が悪いとどんなによいお茶でもその良さは味わえぬ。
能書きが多いのはジジイの特徴である。
許されよ。



 説明書通りに急須で入れてみた。紅茶用のポットで入れていたが急須ははじめてである。
茶葉の香りにはどこかかすかに紫蘇のふりかけ「ゆかり」が感じられる。
3分間待った。色はほうじ茶のよう。
香りはやはりゆかりの趣が少しある。
味わう。
やさいい渋みのあとにかすかな甘味がくる。茶摘みのときの葉の草いきれが漂ってきそうだ。
ここまでは淹れたての熱いものをあじわったとき、ややさめてからは味わいが変化してきた。

 香りや渋みはそのままだが、それらの味わいにぬめり感が出て心地よい。
ゆかりの香りは失せて高級な烏龍茶の味わいに、これは旨いな。

口中にしばらくやさしい渋み感が残る。
鼻腔にも発酵させたものだからか、なんだろうこの香りは、とろりとした香りがある。
そしてこの香り、喫したあともしばらくの時間鼻腔のさらに奥に残りつづける。

 さらにさめてからふくむと、とろり感のある玉を割るとほどよい苦味があらわれる。
うん、うまい。

 ここまでは一煎目だが、さてニ煎目はどうだろうか。
午後の紅茶を楽しんでみよう。


2019年10月4日金曜日

スマートフォンと写真機

 ジジイは昔ながらの携帯を使っている。
通話とメールができれば事足りる。
他の機能は無用だが、ついてしまっているのだからしかたがない。
それらの使わない機能を使ってみようとも思わぬ。

 通話とメールができて、蓄電池のもちがよく小型である、これが使用に際して肝心なことである。

 現在のスマートフォンは数万円〜十万円を超えるものもあるようだ。
たまにカタログデータや使っている人の使用レポートを読んだりするのだが、写真機能に関することが多い。

 新発売のiPhoneはレンズが3つ目である。
これを買う値段で性能の良い写真機を買える。
皆さん、写真機のつもりで購入されているのだろうか。

 スマートフォンを購入させる手口は大手などどこも詐欺まがいのものだ。
国もときたま同じむじなだと見られたくないとみて、ちゃちゃを入れるが白々しい。
公認詐欺といってもいいだろう。

 もうしばらくすると、現在販売しているデジタルカメラのほうに通話・メール機能がついたものが販売されるだろう。メーカーはすでに試作品で実験中なのではなかろうか。

 通話・メール機能付きデジタルカメラが世に広まれば、写真機に向かって話したりメールを打ち込んでいる姿があちこちでみられることになる。
楽しみである。


2019年10月3日木曜日

スマホ置きの画像

 2週間前頃のブログでスマホ置きを作ったことをアップしました。
ひとつ500円で20個作り、ひとつ売れました。

画像がありませんでした。
こんなのです。
すべて栗材。




こんなふうにしても使えます。



 スマホは持ってないので同じ大きさのものをのせてます。
フォトスタンドにもなります。



 ネットで検索すると世界中の方がいろいろ工夫されて作られています。
スマホの浸透ぶりの凄さがわかります。

 しかしながらジジイのような原始的なものはあまりありません。
後ろで支える小片がこのようなものではなくなるかもしれないので似たものがないのでしょう。

 ネットで見るものは角度が変えられないものがほとんどです。
可変のものにすると、すぐに構造が複雑になってしまうからなのですが、それでもいくつかは可変角度のものがあります。

 またスマホの種類によるのでしょうが、充電のためのソケットの位置も考えなければなりませんでした。ジジイのはそれを今の所無視しています。まぁ対処するならばその部分を切り欠きすればすみそうです。

 まだいろいろ考えています。


2019年10月2日水曜日

「彦九郎山河」を読んだ

文芸春秋 1995.9
吉村 昭 著

 高山彦九郎のおはなし。
1日で読んでしまった。
興味深い。

 読みながら修験僧の野田泉光院をおもいだしていた。
彦九郎は延享4年5月8日(1747年6月15日) - 寛政5年6月28日(1793年8月4日)、
泉光院は宝暦6年(1756年) - 天保6年(1835年)。

 彦九郎は全国的に有名な尊皇思想家であったから、泉光院が知らぬ訳はなかったはずだ。
彦九郎が九州の地で果てた事を知ったとき、泉光院はどのような気持ちであったろう。

 京都の三条大橋のたもとに、平伏するでかい銅像がある。
何度も見たことがあったがこれといって関心はなかった。
あれが皇居遥拝する彦九郎だったのだな。知らぬはジジイばかりなり。

 彦九郎の全国行脚の健脚ぶりに驚くが、野田泉光院はそれよりもすごいお人なのだ。
それにしても彦九郎さんの尊崇崇拝のすさまじさ、とてもとても思い込みの激しい方だったのだとおもう。


2019年10月1日火曜日

「壱人両名」尾脇 秀和 著 を読んだ

江戸日本の知られざる二重身分 NHKブックス
NHK出版 2019.4

 とても興味深く読みことができた。
いつもながらこういった書籍の読後感は同じ思いを抱く。
当時を生きた人々がどのような支配(その意味も)をうけ、現在との価値観の相違がどのようなものであったか、教育の場で扱ってほしい。
教科書の中でふれることがない。

 現代のわれわれが当たり前とおもっている氏名についても、そうだったのかとうなずく。
本書P264にある。
「庶民の名前に対しては、明治3年(1870)9月19日、苗字公称の自由化が布告されたが、苗字をわざわざ書かずとも実生活には何も困らないため、その使用は必ずしも浸透しなかった。だが国家にとって、それでは国民を把握する上で都合が悪い。そのため明治8年2月13日、政府は今後、絶対に苗字を名乗れと強制する命令を発した。かくして日本国民の名前は否応なく「苗字+名」(のちこれを「氏名」という)に統一されたのである。」

 なんとも明解で疑問の余地がない。
2019年現在、日本国民の名前の形はたかだか164年の歴史しかないことになる。

 支配の仕方が変われば、なにもかも人の名前のあり方さえ変わらざるを得ないのだな。