2019年5月31日金曜日

Mathematica12 upgradeした

 ウルフラムからアップグレードのメールがきた。
数年前にver8にアップグレードして、もうすることもないだろうとおもっていたのだが
してしまいました。

 ver2の3.5インチのフロッピーディスク何十枚もインストールしたのはずいぶん昔のことだ。
それ以来、アップグレードし続け、ずっとこれで遊んでいる。

 で、今回ははじめてのダウンロード版。
日本の代理店に振り込んで数日後、Wolframからダウンロードのメールがきた。
アクセスするurlにはパスワードも挟んであるのだな。

 最初にダウンロードするためのマネージャーをダウンロードする。



 マネージャーを起動させると、Mathematica12 の圧縮ファイルのダウンロードが開始する
約6GBだが、10分もかからない。
表示される時間はいい加減です。





 検証の時間がそこそこかかります。



 指示にしたがって、アプリをドラッグしてアプリケーションフォルダーに入れる。
この過程が一番時間がかかった。
40分くらいかな。




 しかし、失敗。

 今度はファインダーのアプリケーションフォルダーへ直接ドラッグしてうまくいきました。

 ver8を削除しないでそのままいきなりver12インストールしました。
以前のノートブックで試したけど、問題はなさそう。

 これでまた遊べそう。
メデタシメデタシ♪


2019年5月30日木曜日

アマリリス

 いっぱい咲きました。



 短かった茎もそれなりに伸びたみたいだけど、やはり例年より短く感じます。
でも花がいっぱい。



 きれいだね。


2019年5月29日水曜日

「ジャポニスム」宮崎克己 を読んだ

 おもしろい。
現在、アニメやラーメンなど日本礼賛がうるさいが、
当時19世紀後半に始まった、日本からの堰を切ったような異文化の流入はとてもじゃないけど
現在のそれとは比較にならないくらい衝撃的であったようだ。

 たくさんの流入物で一番多かったものが扇子・団扇であったとは愉快だ。
パリのデパートでは粗品としてそれらを一人ひとりに引換券で手渡し、家でそれらは壁に飾られた。

 それらの影響はほぼ文化全般に及んだという。
そしてそれらは巡り巡って今度は日本へ影響を与えた。

 ジジイはほそぼそと江戸時代頃の古文書の学習を続けている。
なかなかやっかいである。
時制がはっきりしていなかったり、誰が誰に話しているのか、ある出来事の内容が記されてはいるが、それらがいつどこでどんなふうに起こったのかがよくわからないことが多い。

 自然や人物の配置などの捉え方が全く異なる絵は新鮮を通り越して衝撃だったこととおもう。
同じように、当時の日本の文芸作品も西欧流の文法にあてはまらず、切り口も全く異なった表現方法だったのではなかろうか。

 文化が流れ込み、それらが混じって今度は様々なところへ還流してゆく。
結構なことではないか。
それならば、異なった文化の壁が低くなるなり、なくなってゆき、交流が頻繁になりお互いの理解が深まってゆくはずなのだが、現実はそうではないのだな。

 ある自己完結していた国の文化がプチンと針で突かれ破裂した。一突きされた小さな穴は決壊して当時先進国と天狗になっていた国々へ流れ込んだ。彼らの想像を絶する一つの文化がそこにはあった。天狗になってはいたが、流れ込んだ文化の価値に気づくだけの度量はあった。吸収しこなされたものは今度は還流となって破裂してしまった国へ流れ込んだ。自己完結していた国が日本だったのでそれら一連の有り様をジャポニスムと言われるようになった。

 まぁ、こんなことなのだが。
ジジイは先程にも書いたとおり、それからの百年間、争いばっかりがあったことがどうしようもなく腹立たしい。結局何にもなってねぇじゃねぇか。
短気は損気。
啖呵を切ってもしょうがない。

 第二のジャポニスム「平和の還流」をつくらねばならぬとおもう。



2019年5月28日火曜日

崎陽軒シュウマイ弁当 その5


 雨が上がって、ホームのコンクリートはもう乾き始めていた。
そういえばこの駅は、ボクの実家の最寄り駅の一つだった。
高校通学のときに毎日使っていた駅だ。

 勝手知ったるマイプラットホーム。
OH! My Platform。
雨上がりの少し冷たい湿気たっぷりの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
こんなことはなんにも予定していなかったことだったのに、なんかうれしかった。
近くのベンチに腰掛け、ザックからシュウマイ弁当を出し、紐といた。
おもいかけずちょっとでかけた行楽地で弁当をひろげた気分になった。

 外でこうして食うシュウマイ弁当も旨い。
辛子も醤油もつけなかった。
ビールがほしかったけど我慢した。

 眼の前で何本も上り下りの通過列車が通っていった。
その合間に各停が止まったが、別段気にならぬ。
車両の帰宅途中の人たちもこれといって奇異な表情でボクを見ていない。
見てないはずだ。
我関せず。

 駅の向こうには須賀線や東海道線、踊り子号などが通過していく。
そういえば、小さい頃母親にひとりでいっちゃだめだよときつく言われていたけど、よくここまで電車や汽車を見に来ていたな。先頭列車に丸い標識で背景が青で「つばめ」って白でかいてある列車なんかにであったときはもうウットリだったな。いつか必ずあれに乗るんだっておもった。

 この駅の脇にはこんなに主要な幹線が頻繁に走っているというのに、踏切があって
開かずの踏切だったんだよな。それが跨線橋みたいになって、駅舎にはエレベーターがついて。
そうそう、この駅のすぐ前の通りは国道1号線で、正月は箱根の駅伝の花の2区なんだよ。今じゃ信じられないけど、選手のすぐ後ろに走っている車から檄を飛ばすんじゃなくて、鞭打つみたいにガラの悪い人が拡声器で怒鳴り散らしていたな、街宣車みたいだったよ。
いろんなことが次々によみがえってきた。

 うん、なんか腹が一杯になった。
胸も気持ちもいっぱいになった。
実家によって母に会ってこようかともおもったが、なんか歩くのもかったるい。

 そのまま、我が家へ直帰した。
その日の夕食にシュウマイがでた。
内心、ひどく驚いたがそんなことはおくびにも出さない。
それくらいの修行は積んでいる。
しかし、からだは正直でいつものように箸がすすまない。

 おとうさん、食べないなら僕たちでたべちゃうよぉーと小学生の息子達はうれしそうだ。
こっくりとうなずくと、あっとうまにセイロは空っぽになった。
実は今日の昼の弁当、シュウマイ弁当だったんだ。
4ツ食った。
そんなこと言えるわけがない。
それくらいの分別は持っている。


 午前中はあたふたと忙しく仕事を中途半端に片付け、1時間以上かけて大会に出席し
会場の座席についていたのは約1時間、どんな議論をしていたのかもよくおもいだせない。
往復の電車をのぞいた時間はシュウマイ弁当を食っていたことになる。
4箱食った。
4箱とも旨かった。
そういう一日だった。
幸せな一日だったような気がした。

(おわり)


2019年5月27日月曜日

崎陽軒シュウマイ弁当 その4


 この会場の最寄り駅から各停で3つ目が終点の横浜駅だ。
10分もかからない。
空いている車両を選んで座り、ザックを膝の上に置く。
あれっ、いつもよりなんか重いぞ。
ザックのチャックを開けかけてすぐにおもいだした。
そ、そうだった、彼に無理やり持たされたんだっけ、恥ずかしかったけど。
目顔でことわったんだけどなぁ、しょうがないなぁ彼は。

 なんか急に食べてしまいたくなった。
ボックス席ならなんのためらいもなく、そんなことをおもった瞬間に弁当を食べ始めている。
しかし、今座っているのは通勤車両の典型的な長椅子である。
それにすぐに横浜駅についてしまう。
そんなことを考えていたらもうひとつ目の駅に電車は大きなカーブをキィキィときしみながら曲がり終えて停車しようとしていた。
なんせこの区間は20秒もかからないという短さなのだ。


 あぁー食いたい、さっき食ったばかりなのに、エ〜っとっ、いくつ食ったんだっけ。
ザックの中でシュウマイ弁当を握っているボクは、焦燥感に汗が吹き出していた。
そこの帰宅途中の女学生たちよ、ボクがザックの中でシュウマイ弁当を握っているなんておもってもいないだろう、ははは。
反対側の席でバカでかい声でくっちゃべっている男子学生諸君、
ボクが昼飯にシュウマイ弁当をもう3箱も食ってきたことなんかしらんだろ。ひひひ。

 しかし、ここで食いだしたら、終点の横浜駅までに食い終わることができるかどうか微妙なところだ。大好きなシュウマイ弁当をかっくらって味わうことなしに食いたくはない。
そんなことは決してあってはならぬ。

 あんなことやそんなことを電車が停車してドアが空いているあいだ、ふっと考えていた。
閉まる寸前、ボクは飛び降りた。
しっかりとザックの中でシュウマイ弁当を握りしめたまま。


(つづく)


2019年5月26日日曜日

崎陽軒シュウマイ弁当 その3


 先ほどと同じように、丁寧に紐をとき蓋をあけ、同じように蓋裏の米粒から食う。
ちょっと悩んだが、辛子と醤油も同じようにした。
うぅ〜ん、筍煮は飽きない味だなとおもいつつ、またたくまに完食してしまった。
いつも杏は最後にとっておいて、デザート代わりにして食す。
この杏がなくなったら、ボクはシュウマイ弁当は買わない。
もしそうしたら、崎陽軒は潰れるだろうとおもう。
ボクは潰したくなくても、世の中は許さない。

 弁当番の知人の目つきがちょっと変わったようにおもった。
なんだこいつはというふうにいぶかるのではなく、こいつはいったいこの定期大会に何しにやってきたのだという目だ。
そんな目線にボクは負けない。
4つ目をどうしようかと、少しは低くなった弁当の残りの山を見ていた。
どうだ、こんなオレでも少しは役に立つことができるんだ。

 ハッとして、気づくと、弁当番の知人がボクに呼びかけていた。
もう人も来ないし、残ってももったいないから、無理じゃなかったらどうぉ〜ぞ。
なんでそんなに語尾をのばすんだよ。
それに少し声がでかいよ、あなたは人の気持ちてぇーもんを考えないのですか。

 あっ、えぇー、オッとぉー、でもいぃーんですか。「う」で始まる感嘆の言葉を忘れていることにも気づかないくらい、ちょっと恥ずかしかかった。

 遠慮なくいただいた。しかしその場では食わなかった。
別に食えなかったわけでもシウマイ弁当に飽きたわけでもない。飽きるわけがない。
ザックの中にありがたくしまった。

 大会の会場へ入る。
喧々諤々熱気が立ち込めている。
静かに集中してシュウマイ弁当を食っていたホンノ少し前のひとときを噛みしめた。

 小一時間もいたろうか。
不まじめな組合員であるボクは、なんのためらいもなく、会場を後にした。
夕方のラッシュが始まる前でちょうどよかったや。
来るときには結構強く降っていた雨も今は止んで、少し肌寒くなっていた。


(つづく)


2019年5月25日土曜日

崎陽軒シュウマイ弁当 その2

 そんなふうに湧き出す記憶は、二口目三口目と箸をすすめるともうどこかに消えてしまっていた。
シウマイ弁当の中身は一体どれくらい変わっていないのだろう。
筍煮のあの味と歯ごたえが好きだ。
鮪の照り焼き、鶏のから揚げ、毎回同じものに箸をつけ、同じように旨いなとおもい、切り昆布や生姜で口の中をシャキッとさせる。

 シュウマイ弁当はあっという間に完食した。
脇にはまだ十数個残っていた。
目でもう一つよいかと、弁当番をしている人にきく。
個人的に知っている人だ。
残ってもしょうがないから食ってくれと持ってきてくれた。
もうちょっと、アイソヨクしろよ。

 1つ目のときと同じように丁寧に紐をほどく。
シュウマイ弁当は昔も今も人の手で包装しているときく。
蓋についたご飯粒から食う。

 2つ目は、シュウマイひとつひとつにチョコチョコと辛子をつけ、醤油の口をシュウマイに押し付け、中に醤油が入るように押す。押しているときに失敗すると廻りに飛び散るので熟練者の技である。手間が掛かるがこうしておくと、辛子と醤油をいちいち付けることもないし、弁当箱が醤油で汚れることもない。
2個目のシュウマイ弁当もあっけなく完食してしまった。

 ボクが食べているあいだ、誰も食べに来る人はいなかった。
ボク一人で食っている。
弁当番の知人は、チラチラこちらを見るともなく視線をながしていたが、
いい食いっぷりだねぇ、と声に出すまでもなく、何も言わないのにもう一つ持ってきてくれた。
ホントはどうおもってるんだい、そんな目でみるなよ。

 ボクはありがとうと何のこだわりもなく手にした。
3つめになる。


(つづく)