2016年10月14日金曜日

携帯文字変換中毒 その8

 長文であった。
短時間でこれだけの量のメール、ずっとメールを書き続けていたに違いない。
長さもさることなかがら、その内容のあふれでる人への慈愛に彼は揺さぶられていた。
現在はアプリや機械の区別なく、一つのものとして開発研究し製造販売しているという。
メールの最後は、
あなたこそわたしの欲している人材だ、一緒に働いてはくれまいか、
と結ばれていた。

 会社を退社する直前にこのメールに気づき、斜め読みなどできなかった。
外はすでにすっかり暗くなり、遠くには離着陸するジェット機の灯りが尾を引いていた。


 誰にも相談しなかった。
先週椅子に座りながら眺めていたジェット機に乗り、西海岸に飛び立っていた。
ジェット機の窓からは、先日まで働いていた高層ビル群の中にある会社が見えた。
北海道、名古屋を拠点に日本のあちこちに住んだ。
K2Pアプリのおかげで、なんとか仕事を続け、米国本社にまで来ることができた。
西日に向かって上昇し続ける機上から、もうマッチ箱のように見える車を見ながら
熱くこみ上げてくるものを待ったが、なかった。

 この仕事が好きだ。
営業は天職だとおもっている。
どんなにすばらしいものを作ったとしても、
売り込まなければその製品はいつまでたっても、目の前にある。
これが制作した人間にとっては辛い。
こんな時代になっても、便利で美しいものを作れば、それだけで売れるとおもっている人々が
まだまだたくさんいる。
良いものを作れば売れる。
これはウソだ。

 世間に知らしめる行為がなければ売れない。
商いとはそういうものだ。
彼は沢山の商談をまとめながら、営業職であることに誇りがあった。
片時もそれを失うことはなかった。

 営業をしながら沢山の人に出会えた。
商談がまとまり笑顔のお客様を見るのが喜びだった。
人を幸せにし喜ばすことができるのなら、今の仕事にこだわることはない。
結局自分が今までやってきたことは、このことだったのだと改めておもった。
夕焼けで真っ赤になった西の地平線が今日と明日の区切りのように見えていた。

(続く)


2016年10月13日木曜日

携帯文字変換中毒 その7

 
 彼は、こちらの勤務になるまでの経緯を手短に説明し、
またこんな風な会話しかできなくなってしまったことも、理解を得ようと努めた。
K2Pアプリとの出会いにより現在の自分があること、
年収の半分近くを数年に渡って開発者にドネイトしたことなども話題にした。

 営業は人なりである。
直接営業と関係のない話を続けていた彼は、
向かいに座っているお客様が段々大きくなってくるように感じだしていた。
筋骨隆々とした体躯が、彼の前に近づいていた。
お客様の目には、商談の核心とは異なる炎がメラメラとしていた。

 説明を続ける彼の言葉をさえぎって、お客様が尻をもぞもぞしながら
居ても立ってもいられない様子で話し始めた途端、立ち上がり、彼の隣に座った。

 彼はやや顔を紅潮させ早口に話し始めた。
わたしは開発者の彼を知っています。親しくはありませんが友人です。
どうして思い出したかというと、
彼がいつか多額のドネイトされたお金で起業したよと、話してくれたことがあったからです。
あなたがなくては生きていけないそのK2Pアプリの話も知っています。
アランは、あっ彼の名前です、あのアプリの欠点も話してくれてました。
キーからの入力方法はどうしても制限されてしまうんです。
どんなに速く打ち込んだとしても、です。
あなたのように超人的な入力ができる人なんかいる訳がありませんから、
アランがあなたのその芸術的な指さばきをみたら、腰を抜かすどこではないでしょう。

 K2Pアプリがこうして眼の前にいるあなたのように、実際に役に立っていることを
アランが知ったらどんなに喜ぶことか、三日三晩のパーティーじゃおさまりませんよ。
彼は、機械やアプリは人の役に立つこと、幸せにすること、これしか考えてない男ですからね。
アランにあなたのこと連絡しても構いませんよね。
彼は確か今、千人を超える研究員や従業員を雇って研究所を運営しているはずです。

 
 その後も数時間、商談はせず、その話題で語り合った。
K2Pアプリの開発者アランの現住所とメールアドレスも教えてもらった。

 営業本部長の彼は結局、商談をすすめることはできずにいた。
自分の席に戻った彼は、いつもの椅子なのに座り心地がおかしく、何度も座り直していた。
そして、すぐに先程教えてもらったアランへメールした。
彼は多額なドネイトをしたことにより、感謝の気持ちはそれで充分だとおもい、
その後は日々の忙しさにかまけ、K2Pアプリダウンローサイトを訪れることはしていなかったのだ。

 アランからその日に返信がきた。

(続く)


2016年10月12日水曜日

ダイソーの強力磁石をアリ溝に圧入する ペーパータオルホルダー

 ダイソーの強力磁石4個で100円。
サイズは直径が13ミリとありその下に小さい字で0.5”とある。
半インチなので約12.7ミリ。
厚さはノギスで測ると2.34ミリでした。



 木片をなんとかして、冷蔵庫にこの磁石で留めたい。
いろいろ考える事15分、ひらめいた。
12.7ミリってアリビットの半インチサイズとドンピシャピッタリだ。
早速試して、圧入と言うほどではないけど、押し込むとイイ感じ。
深さは2.5ミリで良さそうだ。

 大雑把に加工したらホントに大雑把だった。
二つ一度に加工したのがミスだな。



冷蔵庫にくっつけて試したが磁石2つでは力不足だった。
4つくらいなら大丈夫かもしれない。

 しかし、ここであきらめて、
磁石を探していたときに、こんなすばらしい製品を発見した。



 使ってみると耐久性が心配だが、これで100円とは。
プラスティックの腕の部分が壊れたら、
木工で部材を作ってみよう。



2016年10月11日火曜日

携帯文字変換中毒 その6

 日本語以外なら普通に話すことができるのかもしれない。
スチールケースの棚から、ドイツ語の報告書を引っ張り出してきた。
読める。
次はスペイン語、やはり読めた。
アルファベットを扱う言語中枢は大丈夫なのかもしれないと、思わず固唾を呑みこんだ。

 しかし、このことは隠しとおした。
米国での勤務希望がかなったら、向こうでは米語で通せば良い。
環境が変わり、日本語以外なら普通に会話することができるようになったといえば済む。
そうして、彼はK2Pアプリのお世話になりながら、そのままのスタイルをとおした。

 Detroit本社では本部長という役職だったが、忙しく米国本土を飛び回った。
米語が日常語であったので、地声で会話できる喜びに浸っていた。
しかし、良いことばかりではない。
昨今、日本人以上に日本語を噛まないで流暢に話す米国人は多くなった。

 本社ビルの応接間で対応したお客様はその流暢な日本語を話す米国人だった。
日本人の彼が日本語でしゃべりかけられたら、
日本語で返答するというのが失礼のない接客というものだろう。
ソファーに座りながら、手は自然と携帯求めてあっちのポケット、こっちのポケットとさまよった。
ない。
冷や汗が脇から伝わるのがわかった。
日本語は久しぶりだったので、うっかりしてしまった。
お客様は笑顔で話しかけてくる。
正攻法で行くことにした。
「かきくけこ、*、まみむめ、わをん、な、さ、あい」
お客様はキョトンとしている。
当たり前だ。
もう一度繰り返した。
今度は練習の成果を見せるときだ。
「ご め ん な さ い」
「どうしたんですか? 日本語が少し・・・、あー、米国勤務で米語ばかりだったからですね
よくわかります、わかります。」
お客様は自分で合点しながらうなずきを繰り返していた。

 彼は、米語で正直に説明し、非礼を深く詫た。
そして、携帯をにぎり直し、K2Pアプリを起動した。

(続く)



2016年10月10日月曜日

携帯文字変換中毒 その5

 日本の勤務では、K2Pアプリで営業に精を出す一方で、彼は猛烈な努力を怠らなかった。
以前のように普通の日本語の会話ができるような訓練は続けていた。
テキストのゆっくりな音読と呼吸法は効果がかなりあった。

 鳥類に顕著な現象だが、卵から孵った雛鳥は一番最初に目にしたものを親鳥と認識する。
刷り込み(imprinting)という。 
人間の言語中枢は12歳までに染み込んだ言語の体系から抜け出れないのだという。
戦争で疎開した子どもたちの年齢と言葉のイントネーションや方言の使い方などを研究した成果らしい。
彼の会話が携帯文字変換になってしまっているのは、子どもの頃の頻繁な引っ越しによる、
言語中枢の何らかの変化が原因なのだろうか。

 やろうとおもえば、通常の携帯を間に入れない会話の営業スタイルに戻ることもできただろう。
営業には相手とのリズムがある。押しと引きの間合いも大切だ。
接待は必然だが、都合のよいことに携帯に入力してある音声dataは既にできあがっている声だ。
これはお客様たちにすこぶる評判がよい。

 K2Pアプリには、いくつかの音声dataが最初からインストールされている。
男性は小次郎(変声期前の小学生の声)、次郎(成年)、裕次郎(映画スターでちょっと気取った話し方)。
女性は桃子(やや色っぽい艶やかな声)だけだ。
デフォルトは次郎に設定されている。
年配の音声dataがないのは、何故なのだろうと彼は考えたが、すぐに気づいた。
加齢による入力する指の機能の衰えで、難しいからに違いない。

 訓練した声を入れ替えてみた。
確かに自分の声であるが、しかし違う。
緊張した卒業式の式辞になってしまう。
この声では仕事にならない。
すぐにもとに戻し、それ以降この設定は変えられないように鍵をかけた。

 営業報告書を英文で書くことも多くなってきたとき、
彼はもしかしたらと、おもうことがたびたびであった。
英文の報告書の入力では、よどみなくスラスラと入力できるのだ。
周りに人がいないとき、彼はその文章を発声してみた。
おもわず、激しく立ち上がって、机に両膝をしたたかに打った。
流暢な発音で読み上げることができた。
もしかしたら・・・

(続く)

2016年10月9日日曜日

ポロタン栗 購入譚

 待ちに待った日が来た。
しかし、早朝から雨だ。
一瞬どうしようかと思ったが、ひるんではいられぬ。
Goだ。



 車を出してすぐに雨脚が強まってきた。
道路は空いていて、ものの10分で到着した。
駐車場も数台分まだ空いていて、よし。
時間は7時31分。
うっ、もう並んでいる。
最後尾について、5分もたたぬうちに20人近くの人がうしろに並んでしまった。
15分位並んだろうか、整理券を配り始めた。
89番。8時30分から9時まで有効と記されている。
大雨の中、お店の方々の配慮が有り難い。
予定を繰り上げて、整理券を配り始めてくれたようだ。

 車に戻り、雨宿り。
益々雨は強くなる。
レジ袋を下げた人がチラホラ目につき出した。
目を凝らしてみると、栗だ。
えっ、まだ8時半前だぞ。
予想以上の人だったのだろう。
早めに販売し始めたようだ。
まずい、急いでお店の前で並んでいる列に加わる。
お店の中もずっと列だが、少しずつ前には進んでいる。
二袋ゲットしたが、残りは10袋もなさそうだった。
あぶない、あぶない。
やはり、絶えず四方を警戒しないと整理券があっても、買いそびれる。

 そのまま店を出て、走って1分のクロネコへ。
母へ宅配した。
9時前に手続きしたからだろうか、今夜の6時過ぎに宅配できるという。
まさか今日中に届けられるとはおもってなかったので、よし。
自分の分に8こだけ抜いておいた。

 3年越しでようやく手に入れることができた。
味もさることながら、ポロッとほんとにむけるかどうかのほうに興味は大であった。
早速試す。
このサイトが詳しい。どなたかは存じ上げぬが多謝。

http://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/fruit/kuri-polotan2.htm

 切込みを入れて、600Wで2分。
レンジから出した時点ですでに、桃から生まれた桃太郎よろしく、
切り込みにそってカパッと裂け、中の栗の実が見えている。
指先が熱いのをふーふーしながら、裂け目を広げるように割った。
まるまるの栗の実がポロンと落ちた。
か、か、感激だ、感動だ。
渋皮はどこにいってしまったんだ。



 実をかじってみた。
この調理時間ではまだ中が硬い。
甘みが充分に伝わってこない。
あとで食べる前に茹でることにした。



 今では当たり前になってしまった、りんごのフジという品種がある。
様々な品種を駆逐して、フジがあっという間に広まった。
最近ではまた、かっての品種がぶり返してはいるものの、
フジはりんごの定番である。

 このポろん栗(ポロタン栗)も広がることは確実だろう。
農家さんに頑張ってもらいたい。
素揚げの栗も食ってみたかったが、これまた行列がすごい。



普段から並ぶことは大嫌いだ。
行列のできる店などまっぴらゴメンだ。
でも、きょうは例外、母に食わしてやりたい一心だった。
これなら母は喜ぶだろう。
めでたしめでたし。


2016年10月8日土曜日

浅田次郎と虫の知らせ

 ここのところ浅田次郎さんの書籍を楽しんいる。
氏の名前はずっと以前から存じ上げているが、本を手にすることはなかった。
時代劇の小説が好きで、あちこち読んでいるうちにたまたま手にした一冊が氏の著作で、
それを機に浅田次郎作品を親しんでいる。

 短編もこころに残る小品が多く、珠玉集として再編してほしいくらいだ。
ところが、ときたま息切れ状態になることもあるようで、最後の締めが尻切れトンボ感があるのが残念だ。
しかし、そんなのは再版するときに手を加えればよい。
かって、大御所の井伏鱒二も山椒魚の最後を書き換えている。

 岩窟で育ちすぎた山椒魚が、その巨大なパワーで岩窟を破壊して湖水にあらわれた。
何十年ぶりの自由を楽しんでいたら、漁師に捕まってしまった。
100人前の山椒魚の蒲焼きになって、地元民の滋養となり、骨まで唐揚げで食べられてしまい、
供養塔すら造られなかった。
破壊された岩窟の岩屑を集め、代々その旨さを伝える滋養塔とした。
たしかそんな内容だったとおもう。

 浅田氏の軽く読み進めるエッセイ集のなかで、
虫の知らせ的なある出来事の不思議な連続性を話題にしているものがあった。
ロンドンのホテルで偶然にすれちがった著名人が、
時を経ず今度は世界的に有名なカジノに滞在しているときに同一人物に出会った。
ご本人はもちろんそんなことって・・・と驚くのだが、読者もしかりである。

 読後、遠藤周作氏がシンクロニシティという言葉を用いて、
自分で経験したこと、これもロンドンのエレバーターの中である人物に出会ったこと、を書かれていたことを思い出していた。
他の作品の中でも、この現象をからませて、仕上げている。

 そんなことがあった昨日の今日、
僕自身、朝刊の今夜の番組紹介欄でシンクロニシティという言葉を見つけて驚いた。
そうそう、日常にあらわれる言葉ではない。
そうして、さらに朝刊をパラパラ読みすすめていると、あれれれれ・・・
あまりセンスが良くない顔写真付きの講演広告があった。
それがこれ。



 これをみて、この短文を書こうとおもった次第。
まるで、懸賞金付きのお尋ね者写真だ。
もちろん百も承知で、講演冒頭のつかみをねらった写真であるだろう。
わかってても、うける。

 浅田氏のエッセイの内容 → (遠藤周作)シンクロニシティという単語 → 今朝の朝刊番組紹介で同一単語 → 浅田次郎手配写真
とまぁ、こんな連関が日をまたいで起きたわけです。
不思議というより、面白いな。

 で、この講演会無料だし出かけてみたいものの、体力がまだそこまで回復していないのが残念至極。
講演の盛会をお祈りします。