スチールケースの棚から、ドイツ語の報告書を引っ張り出してきた。
読める。
次はスペイン語、やはり読めた。
アルファベットを扱う言語中枢は大丈夫なのかもしれないと、思わず固唾を呑みこんだ。
しかし、このことは隠しとおした。
米国での勤務希望がかなったら、向こうでは米語で通せば良い。
環境が変わり、日本語以外なら普通に会話することができるようになったといえば済む。
そうして、彼はK2Pアプリのお世話になりながら、そのままのスタイルをとおした。
Detroit本社では本部長という役職だったが、忙しく米国本土を飛び回った。
米語が日常語であったので、地声で会話できる喜びに浸っていた。
しかし、良いことばかりではない。
昨今、日本人以上に日本語を噛まないで流暢に話す米国人は多くなった。
本社ビルの応接間で対応したお客様はその流暢な日本語を話す米国人だった。
日本人の彼が日本語でしゃべりかけられたら、
日本語で返答するというのが失礼のない接客というものだろう。
ソファーに座りながら、手は自然と携帯求めてあっちのポケット、こっちのポケットとさまよった。
ない。
冷や汗が脇から伝わるのがわかった。
日本語は久しぶりだったので、うっかりしてしまった。
お客様は笑顔で話しかけてくる。
正攻法で行くことにした。
「かきくけこ、*、まみむめ、わをん、な、さ、あい」
お客様はキョトンとしている。
当たり前だ。
もう一度繰り返した。
今度は練習の成果を見せるときだ。
「ご め ん な さ い」
「どうしたんですか? 日本語が少し・・・、あー、米国勤務で米語ばかりだったからですね
よくわかります、わかります。」
お客様は自分で合点しながらうなずきを繰り返していた。
彼は、米語で正直に説明し、非礼を深く詫た。
そして、携帯をにぎり直し、K2Pアプリを起動した。
(続く)
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