エンゲルベルト・ケンペル 著
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
1691年4月24日 江戸城内。
「奉行は、われわれを将軍の御台所で用意した食事に招待した。われわれには一人一人各人に松材の小さな足付きの角膳に載せて、甘菓子といわれる搗き立ての温かい膠(にかわ)のように柔らかい四角い白い切り餅5個、砂糖を加えた粉を原料にして焼いた白胡麻入りの丸型煎餅2枚、その他に陶器の沙鉢に盛った塩味の生魚の刺身に甘口の醤油を少量添えたものが運ばれた。もっと食べろとすすめられたが、われわれは宿でもまたここの番所でも出来たての餡入り饅頭を食べたあとだったので食欲がなく、儀礼的にちょっと箸をつけただけであった。『茶を一服いかが』と訊かれたので、『頂きたい』と答えたところ、お側坊主はお茶を運ばせた。ところがそのお茶なるものが、なんとまるで白湯だった。その容器は珍器だということであったが、見たところいかにも粗末な茶色の条模様入のいびつな茶碗だった。」
「これが将軍家のお食事とは考えられないような、まことに粗末な朝食を頂いた後、・・・将軍の謁見の間の方へ行った。」
日付は4月24日。23日は記されてないので、お腹の休息日&休肝日だったのかもしれぬ。
この日は22日よりさらに体力勝負の一日になる。
ここに来るまでに、宿と番所でも饅頭を食べている。
そして将軍御台所の食事が、それも朝食が、餅のあとに刺し身とは・・・。
お茶が白湯だった、ことにはそれほど驚かないが、ケンペルさん茶碗の渋さがわからぬ御仁だったのは無理からぬことか。
さて、謁見の間ではどんなことがあったのか。
有名な場面になる。
2018年8月31日金曜日
2018年8月30日木曜日
「日本誌」 その2
エンゲルベルト・ケンペル 著
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
次の作事奉行邸では、
「茶と煙草が出された後、
1)味付け味噌にまぶし、軽く粉生姜を振りかけ、小さな薄板に載せた田楽豆腐2切れ
2)茹玉子1個
3)皿盛りの魚団子の揚げもの
4)醤油を添えた鯛の塩漬卵
5)素焼の沙鉢に入れた鵞鳥の肉の一口揚げ2個
ここでも奉行の侍医が取持ちして十分に酒を酌み交わし、おかげで頭が重たくなるほど飲んでしまった。」
江戸時代の代表的な料理本としては、「万宝料理秘密箱」があります。しかしこれはケンペルの時代の約100年後の書籍。でも基本は変わらないとおもう。
1)は田楽豆腐の上にみその餡をかけ、生姜のおろしたものをのせたものか。現在とあまり変わりがなさそうだ。
4)はイクラだろう。それともタラコのように鯛で調理したものがあったのか。
こちらの奉行邸は本日2軒めになる。
もてなしは日を変えて、さらにつづく。
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
次の作事奉行邸では、
「茶と煙草が出された後、
1)味付け味噌にまぶし、軽く粉生姜を振りかけ、小さな薄板に載せた田楽豆腐2切れ
2)茹玉子1個
3)皿盛りの魚団子の揚げもの
4)醤油を添えた鯛の塩漬卵
5)素焼の沙鉢に入れた鵞鳥の肉の一口揚げ2個
ここでも奉行の侍医が取持ちして十分に酒を酌み交わし、おかげで頭が重たくなるほど飲んでしまった。」
江戸時代の代表的な料理本としては、「万宝料理秘密箱」があります。しかしこれはケンペルの時代の約100年後の書籍。でも基本は変わらないとおもう。
1)は田楽豆腐の上にみその餡をかけ、生姜のおろしたものをのせたものか。現在とあまり変わりがなさそうだ。
4)はイクラだろう。それともタラコのように鯛で調理したものがあったのか。
こちらの奉行邸は本日2軒めになる。
もてなしは日を変えて、さらにつづく。
2018年8月29日水曜日
20180829朝の庭
電信柱脇のアカメにツルがからまっていて、何か白い点々みたいに見える花?が。
なんかへんてこりんな花だな。
蜂がまとわりついていない。うまくないのかも。
ミントが満開。
手で包むと、手のひらがいい香り。
見事なピンぼけ。
これはなんて言ったけ、いつも見る。
湿気は多いが、気温はなんとか過ごせそう。
秋になってゆくのだな。
なんかへんてこりんな花だな。
蜂がまとわりついていない。うまくないのかも。
ミントが満開。
手で包むと、手のひらがいい香り。
見事なピンぼけ。
これはなんて言ったけ、いつも見る。
湿気は多いが、気温はなんとか過ごせそう。
秋になってゆくのだな。
2018年8月28日火曜日
光の速さと1光年 つづき
文字通り「桁」違いに宇宙は広がっている。
現在の生命体と移動体ではこれを乗り越えることは不能。
人類と同様かそれ以上の生命体があちこちの系に存在するかもしれないが
宇宙のこの空間と広がりを乗り越えぬ限り、お互いに知らしめることはできない。
さらに悲観的観測は、宇宙の空間(と時間)の広がりは光速以上らしいのだから
もうどうしようもない。
馬と人参なる古典的なたとえがジジイには思い浮かぶのみ。
地球に他のところから生命体が訪れないのは、
この桁違いの距離を征服できないからに他ならない。とジジイは考える。
なんせ、1光年進めるのに27000年もかかるのだ。
人類よりよほど進化した生命体は存在するに違いない。
しかし、いまだ彼らとて、この難題を乗り越えることができないでいるのだろう。
1歩の歩みを、万歩にすることができたとしても、
空間(距離)の方はその万歩よりさらに速く広がってしまうのだから、
どうあがいても、追いつかぬ。
この空間の広がりの速さを超える推進体(移動体)ができぬ限り、
いかなる生命体もこの宇宙にあっては孤独である。
孤独もよいではないか。
ずっとずっと未来には星々の間は広がり星座はくずれ、やがて夜空は暗黒になるという。
だが、月もあれば太陽系の仲間たちも同じ運命にある。
ひっそり生活しながら、いずれ星屑になる。
そしてまた新しい系の中に生命体が宿る。
次の世代はこの宇宙の広がりを果たして乗り越えることができるか?
ジジイの楽しみである。
現在の生命体と移動体ではこれを乗り越えることは不能。
人類と同様かそれ以上の生命体があちこちの系に存在するかもしれないが
宇宙のこの空間と広がりを乗り越えぬ限り、お互いに知らしめることはできない。
さらに悲観的観測は、宇宙の空間(と時間)の広がりは光速以上らしいのだから
もうどうしようもない。
馬と人参なる古典的なたとえがジジイには思い浮かぶのみ。
地球に他のところから生命体が訪れないのは、
この桁違いの距離を征服できないからに他ならない。とジジイは考える。
なんせ、1光年進めるのに27000年もかかるのだ。
人類よりよほど進化した生命体は存在するに違いない。
しかし、いまだ彼らとて、この難題を乗り越えることができないでいるのだろう。
1歩の歩みを、万歩にすることができたとしても、
空間(距離)の方はその万歩よりさらに速く広がってしまうのだから、
どうあがいても、追いつかぬ。
この空間の広がりの速さを超える推進体(移動体)ができぬ限り、
いかなる生命体もこの宇宙にあっては孤独である。
孤独もよいではないか。
ずっとずっと未来には星々の間は広がり星座はくずれ、やがて夜空は暗黒になるという。
だが、月もあれば太陽系の仲間たちも同じ運命にある。
ひっそり生活しながら、いずれ星屑になる。
そしてまた新しい系の中に生命体が宿る。
次の世代はこの宇宙の広がりを果たして乗り越えることができるか?
ジジイの楽しみである。
2018年8月27日月曜日
光の速さと1光年
これはもうすでに何度かとりあげた話題かもしれぬ。
ジジイは何度も同じことを繰り返してしまうもの、許されよ。
光の速度は正確には299,792,458 m/s と調べることができた。
端折ると 約300,000 km/s となる。
時速にすると 300,000 km/s ✕ 3,600 s/h = 1,080,000,000 km/h ・・・①
従って、1年かかって進む距離は
1,080,000,000 km/h ✕ 24h/d ✕ 365d/y = 9,460,800,000,000 km/y 。
ざっと9兆5千億キロメートルとなる。
光が1年で進む距離が1光年なので、これがその正確な数値になる。
正確ではあるが、実感が伴わぬ。
旅客ジェット機の速度を1,000km/h とすると、9,460,800,000 時間もかかる。
これでもピンとこないので、何年かかるか計算すると、
9,460,800,000 ÷ 24 ÷ 365 = 1,080,000 年 とでた。
この数字、上記①と桁は異なるが数字の並びが同じになっておる。
どうやらジジイはまわりくどい計算をしてしまったようだ。
すまぬ。このまますすめさせてもらうことにする、許されよ。
1光年分進むのに旅客ジェット機で百万年!?
このようなのを無理難題、机上の空論ともいう。
かってのアポロ宇宙船はこの40倍速かったという。
それでも27,000年もかかる。
これでも頭がクラっとする。
クラっとするが、なんとか踏みこたえ
もう少しはなしをつづけたい。
ジジイのネチネチ噺、許されよ。
ジジイは何度も同じことを繰り返してしまうもの、許されよ。
光の速度は正確には299,792,458 m/s と調べることができた。
端折ると 約300,000 km/s となる。
時速にすると 300,000 km/s ✕ 3,600 s/h = 1,080,000,000 km/h ・・・①
従って、1年かかって進む距離は
1,080,000,000 km/h ✕ 24h/d ✕ 365d/y = 9,460,800,000,000 km/y 。
ざっと9兆5千億キロメートルとなる。
光が1年で進む距離が1光年なので、これがその正確な数値になる。
正確ではあるが、実感が伴わぬ。
旅客ジェット機の速度を1,000km/h とすると、9,460,800,000 時間もかかる。
これでもピンとこないので、何年かかるか計算すると、
9,460,800,000 ÷ 24 ÷ 365 = 1,080,000 年 とでた。
この数字、上記①と桁は異なるが数字の並びが同じになっておる。
どうやらジジイはまわりくどい計算をしてしまったようだ。
すまぬ。このまますすめさせてもらうことにする、許されよ。
1光年分進むのに旅客ジェット機で百万年!?
このようなのを無理難題、机上の空論ともいう。
かってのアポロ宇宙船はこの40倍速かったという。
それでも27,000年もかかる。
これでも頭がクラっとする。
クラっとするが、なんとか踏みこたえ
もう少しはなしをつづけたい。
ジジイのネチネチ噺、許されよ。
2018年8月26日日曜日
ケンペル「日本誌」 その1
エンゲルベルト・ケンペル 著
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
こんなに分厚い本、手に持って読めない。
まずはケンペルがどんなもを食べたかが気になっていたのでそこの箇所から。
1691(元禄4)年4月22日江戸城内両作事奉行邸でのおもてなしの折の食事。
「最初に訪れた作事奉行の邸で出された御馳走の品々は
1)茶
2)煙草式
3)無着色果汁
4)鯛の吸い物
5)焼き蒲鉾2切れ
6)玉子巻
7)緑色の竹串に刺した魚の天麩羅1つ
8)砂糖をまぶしたレモン2片
であった。1品運ばれる度に酒を1盃ずつ飲んだが、こんなにおいしい酒は、これまで飲んだことがなかった。この他に2度ブランディの壺に入れた梅酒が運ばれ、御馳走になったが、これまた素敵な味だった。食事につきもののご飯はでなかったが出された料理は、とにかく飛び切り上等な味付けであった。」
まずはお茶が出て、煙草。この煙草式とは何だろう。一式の誤植か?煙草盆に一式が揃っていてだされたとか。
無着色果汁とは?果汁を絞るにはまずおろしてから絞るのだろうな。大根おろしのときには必ずおろし汁ができる、あんな感じの果汁だろう。種類は4月下旬にある果物、何だろう。
鯛の吸い物、焼き蒲鉾、玉子焼き、魚の天麩羅、このへんは定番かもしれない。
当時はやはり卵が貴重品とみえ、玉子焼きとか茹で卵がおもてなしによくでてくる。
レモンはなかったから、これは日本の柑橘類の砂糖漬け。これはいろいろな種類があったはず。
ケンペルさん「とにかく飛び切り上等な味付け」を楽しみ、歓び感激しています。
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
こんなに分厚い本、手に持って読めない。
まずはケンペルがどんなもを食べたかが気になっていたのでそこの箇所から。
1691(元禄4)年4月22日江戸城内両作事奉行邸でのおもてなしの折の食事。
「最初に訪れた作事奉行の邸で出された御馳走の品々は
1)茶
2)煙草式
3)無着色果汁
4)鯛の吸い物
5)焼き蒲鉾2切れ
6)玉子巻
7)緑色の竹串に刺した魚の天麩羅1つ
8)砂糖をまぶしたレモン2片
であった。1品運ばれる度に酒を1盃ずつ飲んだが、こんなにおいしい酒は、これまで飲んだことがなかった。この他に2度ブランディの壺に入れた梅酒が運ばれ、御馳走になったが、これまた素敵な味だった。食事につきもののご飯はでなかったが出された料理は、とにかく飛び切り上等な味付けであった。」
まずはお茶が出て、煙草。この煙草式とは何だろう。一式の誤植か?煙草盆に一式が揃っていてだされたとか。
無着色果汁とは?果汁を絞るにはまずおろしてから絞るのだろうな。大根おろしのときには必ずおろし汁ができる、あんな感じの果汁だろう。種類は4月下旬にある果物、何だろう。
鯛の吸い物、焼き蒲鉾、玉子焼き、魚の天麩羅、このへんは定番かもしれない。
当時はやはり卵が貴重品とみえ、玉子焼きとか茹で卵がおもてなしによくでてくる。
レモンはなかったから、これは日本の柑橘類の砂糖漬け。これはいろいろな種類があったはず。
ケンペルさん「とにかく飛び切り上等な味付け」を楽しみ、歓び感激しています。
2018年8月25日土曜日
草刈り不要の雑草の研究
どなたかこの研究をしてはくれぬだろうか。
ジジイはもう先がみえておる。
無理だ。
しかし、ジジイの余命とは無関係に雑草はたくましく伸びる。
雑草はなぜこうも生命力豊かなのか。
今年の激暑なんてへっちゃらであった。
葉先が枯れ色になることもなく、いたって元気、緑々していた。
雑草を観察していると、毎年その勢力が変化しているのに気づく。
ユキノシタが優るときもあれば、なんの特徴もない名も知らぬ細い葉が一面のこともある。
春先には杉の子が顔を出すが、埋め尽くすことがあるかとおもうと、さほど目立たぬときもある。
数種類が勢力を交代していることは確かだが、
その中にあって一定の他の勢力に侵されない一派がある。
シロツメグサである。
ゴルフ場や芝地にとっては厄介な雑草らしいが、このシロツメグサ、我が庭では歓迎したい。
理由は簡単、外の雑草とことなり丈が伸びなく草刈りの手間がないからだ。
見てくれもよい。踏んづけたって大丈夫。季節がすぎれば自然と目立たなくなる。
そして時期が来ればまた生えてくる。
ジジイは心の臓に病がある。
今年はなんとか乗り越えることができそうだが、来年はわからぬ。
生きていれば、庭の雑草が気になる。
植物自身の力による、伸びない草刈り不要の雑草はないものだろうか。
ジジイはもう先がみえておる。
無理だ。
しかし、ジジイの余命とは無関係に雑草はたくましく伸びる。
雑草はなぜこうも生命力豊かなのか。
今年の激暑なんてへっちゃらであった。
葉先が枯れ色になることもなく、いたって元気、緑々していた。
雑草を観察していると、毎年その勢力が変化しているのに気づく。
ユキノシタが優るときもあれば、なんの特徴もない名も知らぬ細い葉が一面のこともある。
春先には杉の子が顔を出すが、埋め尽くすことがあるかとおもうと、さほど目立たぬときもある。
数種類が勢力を交代していることは確かだが、
その中にあって一定の他の勢力に侵されない一派がある。
シロツメグサである。
ゴルフ場や芝地にとっては厄介な雑草らしいが、このシロツメグサ、我が庭では歓迎したい。
理由は簡単、外の雑草とことなり丈が伸びなく草刈りの手間がないからだ。
見てくれもよい。踏んづけたって大丈夫。季節がすぎれば自然と目立たなくなる。
そして時期が来ればまた生えてくる。
ジジイは心の臓に病がある。
今年はなんとか乗り越えることができそうだが、来年はわからぬ。
生きていれば、庭の雑草が気になる。
植物自身の力による、伸びない草刈り不要の雑草はないものだろうか。
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