2018年8月31日金曜日

「日本誌」 その3

エンゲルベルト・ケンペル 著
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊

 1691年4月24日 江戸城内。
「奉行は、われわれを将軍の御台所で用意した食事に招待した。われわれには一人一人各人に松材の小さな足付きの角膳に載せて、甘菓子といわれる搗き立ての温かい膠(にかわ)のように柔らかい四角い白い切り餅5個、砂糖を加えた粉を原料にして焼いた白胡麻入りの丸型煎餅2枚、その他に陶器の沙鉢に盛った塩味の生魚の刺身に甘口の醤油を少量添えたものが運ばれた。もっと食べろとすすめられたが、われわれは宿でもまたここの番所でも出来たての餡入り饅頭を食べたあとだったので食欲がなく、儀礼的にちょっと箸をつけただけであった。『茶を一服いかが』と訊かれたので、『頂きたい』と答えたところ、お側坊主はお茶を運ばせた。ところがそのお茶なるものが、なんとまるで白湯だった。その容器は珍器だということであったが、見たところいかにも粗末な茶色の条模様入のいびつな茶碗だった。」

「これが将軍家のお食事とは考えられないような、まことに粗末な朝食を頂いた後、・・・将軍の謁見の間の方へ行った。」


 日付は4月24日。23日は記されてないので、お腹の休息日&休肝日だったのかもしれぬ。
この日は22日よりさらに体力勝負の一日になる。

 ここに来るまでに、宿と番所でも饅頭を食べている。
そして将軍御台所の食事が、それも朝食が、餅のあとに刺し身とは・・・。
お茶が白湯だった、ことにはそれほど驚かないが、ケンペルさん茶碗の渋さがわからぬ御仁だったのは無理からぬことか。

 さて、謁見の間ではどんなことがあったのか。
有名な場面になる。


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