エンゲルベルト・ケンペル 著
今井 正 編訳
上下巻 合本 1989刊
この訪問を済ませた後、われわれは騎馬で源左衛門・摂津守様の邸へ赴いた。
「主殿の邸では、すべて例年通り至れり尽くせりの饗応を受け、われわれは唄を3曲歌った。すっかりご馳走になって宿へ帰り着いた時には、すでに日も暮れていた。」
夕刻、われわれがまだ宿に帰り着かない間に、贈り物が届けられており、若干の使者は帰りを待っていた。贈り物の引き渡しが済み、
「甲比丹(カピタン)は使者に煙草をすすめ、抹茶を出し、5枚の銀皿に菓子を盛り、蒸留水を添え、テーブルに載せて出し、・・・日本人が珍陀酒といって珍重する葡萄酒を底細のワイングラスになみなみと注いで乾杯をすすめると、使者はそれを日本流に両手で受け、3,4回に間を置いて飲み干し、いかにも惜しげに最後の一滴までも啜り、傾け尽くしても畳の目にも紙の上にも一滴も垂れないゼスチャーを示し、さらにコップの縁を下の方まで親指で拭い、紙で拭き、カピタンに返した。カピタンは自分にも注がせ、それを同様に飲み干して、また彼に返した。
かれはそれを受け、そのコップを与力に渡した。与力もそれを同じようにして次々に回し飲みし、一同全部が試飲し、いずれも『めずらしい、めずらしい』と感激し、最後にカピタンにコップが戻った時、カピタンは一滴だけ注がせ、これで回し飲みを終わり、飲みものを仕舞わせた。」
丈夫な胃袋である。大食漢の様子はうかがわれないが、健康であったことは間違いがない。
宿に戻り、贈り物の使者たちへのもてなしの様子がこれまた詳しい。
「蒸留水」とはなんだろう。
薄暗い室内で、同一のワイングラスで回し飲みする様が、カメラを淡々とうつしまわしているようだ。「めずらしい、まずらしい」がとても生々しい。使者たちの表情に安堵感より好奇心と緊張感が入り混じり、ややひきつっているのがわかる。
江戸末期、外交交渉のために品川沖に停泊する異国船に役人どもはよくやってきた。
いやしいかな、必ずその時刻は昼時であったという。
外国の珍しい飲み物や食べ物を欲しがったのだ。
食いきれぬものは、懐紙に包んで持ち帰った。
開国した幕府も、尊王攘夷を旗印にした明治新政府も、いったん軍配を返してしまえば変わり身は速かった。鬼畜米英を喧伝した軍国日本の変身ぶりはもっと見事にやり遂げてる。
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