我が家はエアコンが2台ある。
ダイキンS28GTSS-W (2007年購入)、普通のエアコン。
寝室に設置。
三菱ルームエアコンMSZ-JXV508S-W(2009年購入)、自動おそうじ機能付きで
この形式では一番パワーのあるもの。
居間&キッチンに設置。
ダイキンのは2014年にリコールされ修理済み。
またリモコンが壊れてダイキンのネット窓口から新たに購入した。
使用感は良い。
フィルター掃除もしやすく2週間〜4週間に一度掃除機でホコリを吸い取っている。
三菱のは自動おそうじ機能付きにまかせて、購入してから一度も掃除はしたことがなかった。
その間、冷暖房は問題なく機能していた。
一昨日「お手入れランプ」が点灯したので、昨日午前中掃除した。
1パネルを外し
2ダストボックスを取り出し
3エアフィルターを引き出し
4フィルター台を引き出し
5アレル除菌脱臭空清フィルターを引き出し
6上下風向フラップをバラした。
左右風向フラップは忘れてしまったが、見た目がきれいだったのでそのままにした。
汗だくになって、1時間以上かかった。
2は回転部分にホコリがこびりつきまくっていたので、
ガムテープで何度も貼る剥がすを繰り返しとれるだけ取った後、ぬるま湯を流しながらブラシで洗い、竿にぶら下げて乾かした。
3のエアフィルターのプラスティックの枠にホコリが固くこびりついていて、
これを取るのに難儀した。
その他は、掃除機で吸い取ったり、固く絞った雑巾で丁寧に拭き取った。
結構大変でした。
不思議なのが、ダイキンでフィルターを掃除するときのホコリの量と比べると、
約7年間一度もホコリを取り出さなかったのに、ダストボックスにたまっていたホコリはわずかだったこと。
ホコリは一体どこにいってしまったのでしょうか。
約2万時間使用すると、「お手入れランプ」は点灯することになっている。
約7年間の使用時間を計算してみたら、ほぼ2万時間なので使い方としては、それほどはずれてはいない。
ホコリをばらまいていることはないとおもうが、どうなっているのだろう。
掃除をし終わって考えた。
この自動おそうじ機能、構造がよく工夫されて組み上がっている。
便利には違いないが、バラして掃除して、また元通りにしての作業が、ちと大変だな。
この機能のための部品が多く、どれかが故障したりプラスチック部分が欠けたりしたら、動作しないだろう。
7年7ヶ月(購入は2009年2月7日)ノーメンテナンスはすばらしい。
よく動いてきたから結果オーライなのだが、初めて掃除をしてみて、
この機能のための、複雑さに少し心配になった。
ダイキンのほうは、フィルターのホコリを基本的にきれいにしていれば良いだけなので、
掃除については心配がない。
能力はこのままで、自動おそうじ機能なしの方が、価格が数万円安くなるだろうし、
次に購入する時は、そのようなものにしようかと、汗をふきふき考えたのでした。
でも、齢をとったり、体が不自由だったりして、高所のフィルター掃除ができない家庭では、
こういった機能のエアコンは必需品なのだとも考えました。
両方のタイプがカタログにあるとよいのですね。
2016年9月7日水曜日
2016年9月6日火曜日
父が帰ってくるとき その9
父は70歳を過ぎた頃から、横浜には帰らなくなっていた。
池袋まで出てきて、食事をしたり、連れて行った孫を見に来たりはしていた。
ボクは父に新居にきてもらいたくて、車の免許をとった。
乗せてこようかと計画をしたのだが、実現しなかった。
父は亡くなる前年の夏、兄の車で横浜を往復し一泊した。
父からの希望で、横浜を見たいのだと兄に連絡があった。
横浜への車の中で父は上機嫌だった。
兄の車の天井を杖の柄でさかんに突つき、
横浜に着くまでずっとボコボコと大きな音を出し続けていたそうだ。
港の見える丘公園や父の生まれ育った街を車で巡った。
父は死期がわかっていたのだろう。
最期に自分のふるさと横浜を見ておきたかったに違いない。
父の葬式が終わり、帰宅した。
車で3時間位かかった。
自宅の玄関に近づくと、あの匂いがした。
父の匂いだ。
父がきてくれている。
ボクは
お父ちゃんどこのいるの と声に出しながら
家に来てるなら出てきてっ と
家の中を探しまわった。
匂いのする方を追いかけた。
部屋に入ってもいない。
次の部屋に入ってもいない。
そうするうちに、匂いはしなくなった。
死んでからとはいえ、ボクの家にきてくれたことがうれしかった。
池袋まで出てきて、食事をしたり、連れて行った孫を見に来たりはしていた。
ボクは父に新居にきてもらいたくて、車の免許をとった。
乗せてこようかと計画をしたのだが、実現しなかった。
父は亡くなる前年の夏、兄の車で横浜を往復し一泊した。
父からの希望で、横浜を見たいのだと兄に連絡があった。
横浜への車の中で父は上機嫌だった。
兄の車の天井を杖の柄でさかんに突つき、
横浜に着くまでずっとボコボコと大きな音を出し続けていたそうだ。
港の見える丘公園や父の生まれ育った街を車で巡った。
父は死期がわかっていたのだろう。
最期に自分のふるさと横浜を見ておきたかったに違いない。
父の葬式が終わり、帰宅した。
車で3時間位かかった。
自宅の玄関に近づくと、あの匂いがした。
父の匂いだ。
父がきてくれている。
ボクは
お父ちゃんどこのいるの と声に出しながら
家に来てるなら出てきてっ と
家の中を探しまわった。
匂いのする方を追いかけた。
部屋に入ってもいない。
次の部屋に入ってもいない。
そうするうちに、匂いはしなくなった。
死んでからとはいえ、ボクの家にきてくれたことがうれしかった。
2016年9月5日月曜日
父が帰ってくるとき その8
湯に入ると父はきまって
「銭湯はイイなぁー、手足を伸ばせて広くてイイなぁー」
と言うのを、何べん聞いたことだろう。
頭を洗ってもらうときは、
あぐらをかいた父の右側の股のところに頭をおき、脚は外側に投げ出していた。
そのままボクが右を向いてしまうと、
父のものがボクの真正面にきてしまうので、真上をずっと向いていた。
頭を洗ってもらっていた頃だから、小学校前のことだろう。
ボクは父の背中をゴシゴシ洗った。
もう少し右だ、もっと上だ と言われながら
ボクは立ち上がって両手で洗った。
暑くなると父は銭湯へは下駄に浴衣で、下はふんどし一丁だった。
そんな父の着こなしがボクは好きだった。
風呂からあがると、ふんどしだけで帰った。
わずか1,2分の近さとはいえ、
恥ずかしいボクは父に浴衣を着てくれと懇願したが
父は無視して、番台を後にした。
父が家についた頃を見計らい、浴衣を持って
ボクは風呂屋を出た。
いつもはそうしていたのだが、
ある時、父が出るより前に、ボクは浴衣をもって先に家に急いだ。
すぐに家の窓から風呂屋の出入り口の方を見た。
父が出てきた。
ふんどし一丁だ。
当たり前だ、ふんどし以外はボクが持ってきてしまっている。
父は何食わぬ顔をして、平然と歩いている。
ふんどしの白さが夕方の光にまぶしい。
裸の王様より格好いいと、ボクは家の下に近づく父を見下ろしていた。
「銭湯はイイなぁー、手足を伸ばせて広くてイイなぁー」
と言うのを、何べん聞いたことだろう。
頭を洗ってもらうときは、
あぐらをかいた父の右側の股のところに頭をおき、脚は外側に投げ出していた。
そのままボクが右を向いてしまうと、
父のものがボクの真正面にきてしまうので、真上をずっと向いていた。
頭を洗ってもらっていた頃だから、小学校前のことだろう。
ボクは父の背中をゴシゴシ洗った。
もう少し右だ、もっと上だ と言われながら
ボクは立ち上がって両手で洗った。
暑くなると父は銭湯へは下駄に浴衣で、下はふんどし一丁だった。
そんな父の着こなしがボクは好きだった。
風呂からあがると、ふんどしだけで帰った。
わずか1,2分の近さとはいえ、
恥ずかしいボクは父に浴衣を着てくれと懇願したが
父は無視して、番台を後にした。
父が家についた頃を見計らい、浴衣を持って
ボクは風呂屋を出た。
いつもはそうしていたのだが、
ある時、父が出るより前に、ボクは浴衣をもって先に家に急いだ。
すぐに家の窓から風呂屋の出入り口の方を見た。
父が出てきた。
ふんどし一丁だ。
当たり前だ、ふんどし以外はボクが持ってきてしまっている。
父は何食わぬ顔をして、平然と歩いている。
ふんどしの白さが夕方の光にまぶしい。
裸の王様より格好いいと、ボクは家の下に近づく父を見下ろしていた。
2016年9月4日日曜日
父が帰ってくるとき その7
ひとりで銭湯にいけるようになり、
営業開始の3時と同時の一番風呂も好きになっていた。
小学5年生か6年生のときだっとおもう。
一番風呂だとおもって入った男風呂には先客がいた。
同級生の女の子Kちゃんとお父さんだとすぐにわかった。
同じ団地に住んでいるので、Kちゃんはたいてい女風呂に入ることを知っていた。
珍しいこともあるんだなとおもった。
お父さんとKちゃんが一緒に入っているなんてはじめての光景だった。
ボクはさっきまで学校で一緒だったKちゃんに話しかけた。
「ずいぶん早いじゃん」
お父さんと並んで座って、背中を見せているKちゃんは
鏡の中でボクの方を見て
「うん」
とだけしか言わなかった。
鏡の中のKちゃんの顔は、いつもの感じとは異なって硬いような気がした。
背中が丸まり縮こまっているような感じもした。
ボクは浅い方の湯船の端に腰掛け、
脚でお湯をかき回したり、手でお湯をすくったりしていた。
Kちゃんはお父さんの背中を洗ってやったり、
自分の背中をお父さんに流してもらったりしているようだった。
湯船はもう一つあり、こちらは少し深くなっている。
そして、こっちの湯は薬湯になっていて、焦げ茶色の湯で底まで見えない位の色がついている。
匂いも漢方みたいな、ちょっとクセがあり、これが苦手な人もいるだろう。
Kちゃんはボクの後ろを通って、深い方にザブンと入った。
ボクの方をチラチラ見ているので、Kちゃんのほうを見ると
Kちゃんはすぐに目をそらした。
そんなことを何度か繰り返しながら、相変わらずボクは脚や手で湯をもてあそんでいた。
「じゃぁね」と言って、
Kちゃんは湯船から出て、スタスタと脱衣場をとおり、女風呂へ行ってしまった。
Kちゃんのお父さんが、湯船に入って、
「いつも、ひとりで来るのかい」ときかれた。
湯をかきまわしながら、
「はい」
と言い、湯につかった。
じゃぁーとあふれ出る湯の音がした。
実家に帰ることがあると、銭湯に行った。
湯につかりながら、
あの時はと、ふと考えるときがあった。
父親は娘と風呂に入りたかったのだが、
娘はもう女の子らしい体つきになり変化もしてきている。
お客さんの少ない開店間際なら大丈夫だろうからと
娘に言って聞かせ、来たのではなかろうか。
まさかそんなところを、さっきまで教室で一緒だったボクに
見られるとはおもってもみなかった。
照れくさくて恥ずかしかったのだろう。
性的に未熟であったボクは
そんなことはこれっぽっちも気づかなかったが
とっくに大人びていたKちゃんはそのときの風呂場の
湯気の中に異なったものを感じて見ていたのかとおもう。
営業開始の3時と同時の一番風呂も好きになっていた。
小学5年生か6年生のときだっとおもう。
一番風呂だとおもって入った男風呂には先客がいた。
同級生の女の子Kちゃんとお父さんだとすぐにわかった。
同じ団地に住んでいるので、Kちゃんはたいてい女風呂に入ることを知っていた。
珍しいこともあるんだなとおもった。
お父さんとKちゃんが一緒に入っているなんてはじめての光景だった。
ボクはさっきまで学校で一緒だったKちゃんに話しかけた。
「ずいぶん早いじゃん」
お父さんと並んで座って、背中を見せているKちゃんは
鏡の中でボクの方を見て
「うん」
とだけしか言わなかった。
鏡の中のKちゃんの顔は、いつもの感じとは異なって硬いような気がした。
背中が丸まり縮こまっているような感じもした。
ボクは浅い方の湯船の端に腰掛け、
脚でお湯をかき回したり、手でお湯をすくったりしていた。
Kちゃんはお父さんの背中を洗ってやったり、
自分の背中をお父さんに流してもらったりしているようだった。
湯船はもう一つあり、こちらは少し深くなっている。
そして、こっちの湯は薬湯になっていて、焦げ茶色の湯で底まで見えない位の色がついている。
匂いも漢方みたいな、ちょっとクセがあり、これが苦手な人もいるだろう。
Kちゃんはボクの後ろを通って、深い方にザブンと入った。
ボクの方をチラチラ見ているので、Kちゃんのほうを見ると
Kちゃんはすぐに目をそらした。
そんなことを何度か繰り返しながら、相変わらずボクは脚や手で湯をもてあそんでいた。
「じゃぁね」と言って、
Kちゃんは湯船から出て、スタスタと脱衣場をとおり、女風呂へ行ってしまった。
Kちゃんのお父さんが、湯船に入って、
「いつも、ひとりで来るのかい」ときかれた。
湯をかきまわしながら、
「はい」
と言い、湯につかった。
じゃぁーとあふれ出る湯の音がした。
実家に帰ることがあると、銭湯に行った。
湯につかりながら、
あの時はと、ふと考えるときがあった。
父親は娘と風呂に入りたかったのだが、
娘はもう女の子らしい体つきになり変化もしてきている。
お客さんの少ない開店間際なら大丈夫だろうからと
娘に言って聞かせ、来たのではなかろうか。
まさかそんなところを、さっきまで教室で一緒だったボクに
見られるとはおもってもみなかった。
照れくさくて恥ずかしかったのだろう。
性的に未熟であったボクは
そんなことはこれっぽっちも気づかなかったが
とっくに大人びていたKちゃんはそのときの風呂場の
湯気の中に異なったものを感じて見ていたのかとおもう。
2016年9月3日土曜日
「欅 有岡利幸」を読む
ケヤキの話だけで一冊の本だ。
正確にはケヤキの文化史を幅広く論じ、
最後の章では育て方やケヤキの造成林の育成方法を詳しく述べている。
ケヤキだけで一冊の本にすることができるかどうか、
心配であったと著者の有岡氏は心配されているが、
読後感は、杞憂だったとわかる。
様々な説明をされているところは、是非カラー写真の画像がほしいところであるが
そうすると、本自体のページ数や価格にはね返るのは必死であるから
やむを得ないところなのだろう。
細かい説明文の単語から、ネットで検索すれば写真は得られる可能性は高い。
街路樹や身の回りに見かけることの多いケヤキが、
古代より神聖なものであり、万葉集などでも歌に盛んによまれていることに驚いた。
また防災林として、トップクラスを誇る能力の高い樹木なのだ。
ガラスの電球の型の材として、ケヤキが使われていたという。
5000回程度は大丈夫だそうだ。
和菓子の型取り用に桜材が使われるが、ガラスの型にケヤキとは知らなかった。
江戸時代、山林を管理する地元民と幕府や藩の役人との
やり取りの古文書も興味深い。
大径木のケヤキを切り出し、死刑になったものや磔で命を落としたものもいる。
一方でどんなにお金を積まれても決して売らずに手入れをし、
守られてきたケヤキもたくさんある。
木工でケヤキをよく使うが、思い入れが深まった。
街路樹のケヤキ並木が近所にあるが、樹勢を見上げるだけでなく、
根を張る地中まで、思いをはせるようになった。
7年前に制作したケヤキの小さいキャビネットがある。
埼玉県川越で伐採した、樹齢80年前後の性質のよい材である。
どのような水を吸い、広げられた枝々はどんな風景を見てきたのだろう。
「木が語る」ことができたら
どんな話を聞かせてくれるだろうか。
人の一生はつくづく短いのだと、
キャビネットをなでながら、おもう。
正確にはケヤキの文化史を幅広く論じ、
最後の章では育て方やケヤキの造成林の育成方法を詳しく述べている。
ケヤキだけで一冊の本にすることができるかどうか、
心配であったと著者の有岡氏は心配されているが、
読後感は、杞憂だったとわかる。
様々な説明をされているところは、是非カラー写真の画像がほしいところであるが
そうすると、本自体のページ数や価格にはね返るのは必死であるから
やむを得ないところなのだろう。
細かい説明文の単語から、ネットで検索すれば写真は得られる可能性は高い。
街路樹や身の回りに見かけることの多いケヤキが、
古代より神聖なものであり、万葉集などでも歌に盛んによまれていることに驚いた。
また防災林として、トップクラスを誇る能力の高い樹木なのだ。
ガラスの電球の型の材として、ケヤキが使われていたという。
5000回程度は大丈夫だそうだ。
和菓子の型取り用に桜材が使われるが、ガラスの型にケヤキとは知らなかった。
江戸時代、山林を管理する地元民と幕府や藩の役人との
やり取りの古文書も興味深い。
大径木のケヤキを切り出し、死刑になったものや磔で命を落としたものもいる。
一方でどんなにお金を積まれても決して売らずに手入れをし、
守られてきたケヤキもたくさんある。
木工でケヤキをよく使うが、思い入れが深まった。
街路樹のケヤキ並木が近所にあるが、樹勢を見上げるだけでなく、
根を張る地中まで、思いをはせるようになった。
7年前に制作したケヤキの小さいキャビネットがある。
埼玉県川越で伐採した、樹齢80年前後の性質のよい材である。
どのような水を吸い、広げられた枝々はどんな風景を見てきたのだろう。
「木が語る」ことができたら
どんな話を聞かせてくれるだろうか。
人の一生はつくづく短いのだと、
キャビネットをなでながら、おもう。
2016年9月2日金曜日
父が帰ってくるとき その6
今ではそんなことはきっとしないと思うが、ボクは銭湯の湯船で
脱糞してしまったことがある。
それも女風呂で・・・
湯船につかっているうちに、ウトウトしてきて気持ちが緩んだボクは
おしりの方もゆるんだと見えて、スルッと見事な一本のウンチが
お湯にプカッと浮いてしまったのである。
自分では気づかなかった。
女湯はおお騒ぎになった。
そばにいたおばさんがどじょうすくいのように、桶ですくってくれた。
すくえるような形態の糞でよかったとホッとしている。
これがまとまりのない状態のものであったら、想像するだに恐ろしい。
湯船の色は変色し、その後は入浴不可となるだろう。
風呂屋でボヤ騒ぎを起こしただけでなく、脱糞で湯を汚して営業不可に、
もう一家で引っ越しするしかない。
風呂場には、湯船が2つあって、浅いほうはおしりをつけて座ってつかり、
深いのは、中腰でつかるか、湯船の中で2段になっているところに腰かけるようにしてはいる。
ボクはやっとその深い方に入ることを許されて、
そうすることが大人に少し近づいたような気がしていた。
その深い方で、両手を縁にかけ、おしりを湯船の真ん中に向けた格好がいけなかった。
今風に言えば、洋式トイレに座って、もう少し腰を浮き立たせたような立ち居とでもいえようか。
浅い方に入っていれば、おしりは湯船の底に押さえられるから
脱糞は湯船の中では防げたようにおもう。
ここは詳細な分析が必要だろうが、なんせもう何十年も前のことである。
尻も忘れてしまっている。
そんな出来事があり、ボクの評判はガタ落ちであった。
母はボクに、
もうお前は男風呂に入れと
とうとう、女湯は出禁になってしまった。
しかし、しばらくは女風呂に母と一緒に相変わらず入り、
気が向くと、脱衣場の境の両方に開閉する板戸をパタパタさせながら
行ったり来たりしていた。
脱糞してしまったことがある。
それも女風呂で・・・
湯船につかっているうちに、ウトウトしてきて気持ちが緩んだボクは
おしりの方もゆるんだと見えて、スルッと見事な一本のウンチが
お湯にプカッと浮いてしまったのである。
自分では気づかなかった。
女湯はおお騒ぎになった。
そばにいたおばさんがどじょうすくいのように、桶ですくってくれた。
すくえるような形態の糞でよかったとホッとしている。
これがまとまりのない状態のものであったら、想像するだに恐ろしい。
湯船の色は変色し、その後は入浴不可となるだろう。
風呂屋でボヤ騒ぎを起こしただけでなく、脱糞で湯を汚して営業不可に、
もう一家で引っ越しするしかない。
風呂場には、湯船が2つあって、浅いほうはおしりをつけて座ってつかり、
深いのは、中腰でつかるか、湯船の中で2段になっているところに腰かけるようにしてはいる。
ボクはやっとその深い方に入ることを許されて、
そうすることが大人に少し近づいたような気がしていた。
その深い方で、両手を縁にかけ、おしりを湯船の真ん中に向けた格好がいけなかった。
今風に言えば、洋式トイレに座って、もう少し腰を浮き立たせたような立ち居とでもいえようか。
浅い方に入っていれば、おしりは湯船の底に押さえられるから
脱糞は湯船の中では防げたようにおもう。
ここは詳細な分析が必要だろうが、なんせもう何十年も前のことである。
尻も忘れてしまっている。
そんな出来事があり、ボクの評判はガタ落ちであった。
母はボクに、
もうお前は男風呂に入れと
とうとう、女湯は出禁になってしまった。
しかし、しばらくは女風呂に母と一緒に相変わらず入り、
気が向くと、脱衣場の境の両方に開閉する板戸をパタパタさせながら
行ったり来たりしていた。
2016年9月1日木曜日
図書館の本
今通っている図書館は、数年前に完成した素敵な図書館だ。
市の自慢の建物の一つだろう。
全国のなんとかコンペで選ばれたらしい。
本の貸出返却、スタッフの方々、施設の使い勝手は何の問題もない。
快適の一言だ。
問題は、本を借りる人のマナーなのだ。
何冊もの本を返すとき、窓口に無口のまま投げ出すかのように乱暴に返却する人。
明らかに、何かを飲食しながら読んだときに、付いたと思われる跡。
鉛筆で書き込んでる人。
一番気になるのが、栞がわりにページを折り返す癖の人がつけるその折り跡なんです。
ご自分の本でしたら、どうしようと勝手ですが、
自分以外の人が読む図書館の本ですよ、図書館の。
そういう方は、図書館の本を借りて読んでいるという意識がないんだろうなぁ。
自分以外の人が、その手にしている本を自分以外の人が読むなんていうことが
想像すらできいないんだろうなぁ。
以前から特に都会部でのマナーの悪さは指摘されてました。
マーキングしちゃう人。
書き込みをする人。
はては、切り抜いたり、ページを破り取ってしまう人。
塗り絵のある本に、カラフルに本当に塗り絵をしてしまう人。
とにかく、本を痛めることだけはしないでほしいよ。
市の自慢の建物の一つだろう。
全国のなんとかコンペで選ばれたらしい。
本の貸出返却、スタッフの方々、施設の使い勝手は何の問題もない。
快適の一言だ。
問題は、本を借りる人のマナーなのだ。
何冊もの本を返すとき、窓口に無口のまま投げ出すかのように乱暴に返却する人。
明らかに、何かを飲食しながら読んだときに、付いたと思われる跡。
鉛筆で書き込んでる人。
一番気になるのが、栞がわりにページを折り返す癖の人がつけるその折り跡なんです。
ご自分の本でしたら、どうしようと勝手ですが、
自分以外の人が読む図書館の本ですよ、図書館の。
そういう方は、図書館の本を借りて読んでいるという意識がないんだろうなぁ。
自分以外の人が、その手にしている本を自分以外の人が読むなんていうことが
想像すらできいないんだろうなぁ。
以前から特に都会部でのマナーの悪さは指摘されてました。
マーキングしちゃう人。
書き込みをする人。
はては、切り抜いたり、ページを破り取ってしまう人。
塗り絵のある本に、カラフルに本当に塗り絵をしてしまう人。
とにかく、本を痛めることだけはしないでほしいよ。
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