2022年9月3日土曜日

アメリカ優生学と日系人強制収容

 20年以上前のことシアトルを訪れたとき、日系人強制収容の巡回展かあるいは小さな博物館だったのかはうろおぼえなのですが(現在ネットで記憶を頼りに探してみてもどうもみつかりません)、旧市街の一角にあったような気もしますが、そこへ行きました。

 当時の写真や、収容された人たちが過ごした部屋が復元されて展示もされていました。博物館の入り口にはレーガン大統領の等身大?のパネルも飾ってあって、ちょうどレーガン大統領が強制収容した日系人への謝罪と賠償金の大統領令をだした頃とかさなっていたためでしょう。

 この博物館を訪れる前から、この件に関する書籍は数冊読んでいました。博物館内をまわっているうちに、本を読んでいるときから持ち続けていたやはりなんというか違和感というものでもなく、これだけのことをするのにあまりに要領がよくすんなりと行われていったことに、とても変な感じがありました。なんのためらいもなくテキパキと強制収容するなんてことがこんな整然とできるのだろうか。実際にはそれが流れ作業のように行われていたのです。

 エドウィン ブラックのこの本を読んですぐにこの日系人強制収容のことがおもいあたりました。アメリカ優生学運動の下敷きがあったのです。

 1941年の開戦した当時は、どうやらアメリカ優生学運動は下火になっていたようですが、それまでに行われてきていた優生学運動の結果は行政や司法のなかにある程度ためられていて、ほんの少しそれらの書類を掘り起こせばどのような対策をすればよいかは、簡単に見つけ出すことは可能で、あとは実施すればよいだけということだったはずです。

 アメリカ優生学運動は(偽)遺伝学にてらしあわせて悪い種は隔離し断絶することを目的にし、その実際の方法まで研究していたわけですから、日系人をいったんそれらにあてはめてしまえばすんなりといくわけです。

 ながくなりそうです。中途半端ですがあとはつづきで。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿