その9にも投稿してあるけど、揚屋の雰囲気のつづき。
江漢先生、京都近辺は「能き処」と気に入り、ほぼ一ヶ月滞在した。
京都は「京住せんと云えば」と言って京都人を喜ばしたり、
「京地は婦人よし」なんて、ウフフとにやけたり、
江戸に戻りしばらくしてから、実際に京都に約半年住んでしまう。
天明9年3月11日外は大雨だと云うのに、鯉、ふな、うなぎを肴に酒を呑みに出かけている。
そしてその足で、
「茶屋の女房を連れて嶋原へ行く。揚屋偶徳と云に参る。書院坐しき、燭台数十如昼照らす。女房出、中居八九人、妓四人、盲人壱人、夫より大夫をかりて見る。三十人、其内玉の井と云を揚げる。夜の八つ時比に帰る。」
格式の高い、偶徳と云う揚屋で夜中の2時比まで楽しんだ。
よほど楽しかったのか、二枚の図を描いている。
二枚とも、試しにAIで白黒写真をカラーにするというHPで試してみた。
嶋原大夫、何となく着物に薄〜く色づいているような気がする。
中居・客、後ろ向きのおっさんの左耳元からうなじがうすく肌色になっている。
まだ酔っ払ってないのか、背筋がシャンとしているな。
暇なので、今度塗り絵してみよっと。
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