2019年7月14日日曜日

テープレコーダー その26


 海水浴のあの日、母が車のあとを追いかけたとき、実は少し前から家の建物の脇に隠れて、父が怒って車を出したのを見計らって飛び出し、気がふれたかのように乱舞しながらその姿を見せるためにしたとでも言うのだろうか。
新幹線のホームでもプラットホームの階段の上り口のところに身をひそめ、父とボクの様子を伺いながら、すんでのところで間に合わなかった自分の姿を窓の外に認めさせようとでもしたと言うのだろうか。


 ボクが結婚してひと落ち着きした、まだ子どもが生まれる前のことだった。
母がボクと妻を連れて、京都にお礼参りに行かなくちゃと連絡をくれた。
母とのそのような旅行は初めてなので驚いた。
東京駅新幹線プラットホームで待ち合わせた。
母は15分くらい前に姿をあらわし、予定通り京都へ出発することができた。

なんだよ、ちゃんとこれるんじゃないか。

 京都についてのまずしなければならないのは北野天満宮へのお礼参りだった。
母は3人でそれさえ無事すめば、あとはのんびりすればいいからと、お礼参りが済むと母はさっさと境内を出て、鳥居の前の広い道でタクシーを探した。帰り際にホテルでの夕食は6時だよと念をおされ、5分前行動だからねと母に一番似合わぬ言葉をボクたちに投げつけ、ひとりでタクシーに乗りホテルへ帰っていってしまった。

 はたしてホテルのレストラン、5時55分に母はいた。
なんだよ、ちゃんとこれるんじゃないか。
大好物のハンバークを食べ、しめにいつものソーメンを気持ちよさそうにすすっていた。

 食後、ひとりでホテルのそばのお寺を散歩した。
このホテルの周りは大きなお寺がいくつかある。大阪冬の陣の原因となった釣り鐘で有名な方広寺も近い。仕事でたびたび京都へ来ることがあった。懐かしくてあのホテルで食事でもと立ち寄ったことがあった。
 しかしホテルは様変わりしていた。最上階に近いところにはビアガーデンビール祭り開催中と派手な色ではちまきのようにめぐらせてあった。経営状態はあまり良くないようだった。
食事は別のところにした。

 夏の熱気をタップリためているアスファルトは蒸し暑かったが、境内はひんやりして静かだった。
大きなお寺の太い柱のある縁側に上がり、ヨイショっと、よりかかって脚を投げ出した。
ぼんやり薄暗がりになってる境内を何を見るでもなくボォーとした。
このまま目をつむってウツラウツラしたら杜子春じゃないか。


(つづく)


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