ボクの傷は全快した。
怪我をした右手の人差指となんでもなかった左手の人差し指をくっつけて比べてみた。
なんか、右のほうがみじかい、ミジカイヨウナキガスル。
ねぇおかあちゃん、ボクの右の人差し指みじかくなっちゃったような気がするんだけど、
なにをいっておいでだい、もともと人間なんて右と左はおんなじにできてなんかいやしないんだよ、
足の大きさだって右と左じゃ、大きさちがうだろ、
わかったかい、そんなこと、気にすんじゃないよ。
ボクは納得した。
でも、両方の人差し指をもう一度くっつけてみていた。
それから数カ月後。
夕食後に、兄があのテープレコーダーを出してきた。
母にまた戦時中の話をされてはたまらんとおもったからかもしれぬ。
何本かあるテープの中から、何かラベルの貼ってあるものを選んでセットした。
ガチャッと再生の音がした。
このときのテープレコーダーの操作は鍵盤のような指で押すものではなく、昔のテレビのチャンネルを回すような仕組みだった。
いきなり、「〜〜〜」の、あのボクがうなっている部分の声が流れた。
母の顔が白くなった、ボクの方をにらんだ。
ボクは固まった。
兄は停めようとしたが慌てていてテープリールの部分に手が触れてしまい、「〜〜〜」が余計におかしな音声になってしまった。
テープリールに貼ってあるラベルのところが血の痕で少し汚れていた。
ボクの笑い声が爆発した。ブハッ。
ちゃぶ台の向かいに座っていた母のおでこの右上の生えぎわのところにご飯粒がくっついた。
アレッ、ボクの口からとんでいっちゃったのかな。
また笑いたくなるのを我慢しながら、母のそのあたりを見ていたら、
そんな目でおかあちゃんをみるのはおよしって怒られてしまった。
なんでおかあちゃんはすぐにボクのことをおこるんだろう。
ボクはどうしておかあちゃんをおこらせてしまうんだろう。
兄はあせりながら、テープリールに貼ってある文字を確かめ、ひとりうなずいて
もう一度つまみを再生の位置にガチャリとまわした。
たーーーかーーさぁーーごーや〜〜〜あ〜〜
父の声だ。
父が謡(うたい)の練習で吹き込んだものだった。
いったいいつ練習で録音したものだったのだろう。
うなっていることはうなっていたが、
ボクはおとうちゃんのことを(いくらおにいちゃんにいえっていわれたからといって)あんなふうにいってしまって、ゴメンナサイを何度も頭の中で繰り返していた。
母は黙って、縫い物の針を動かし続けている。
でもボクにはきこえた。
母は小さな声で、高砂やぁ〜と変な節回しでうなっていた。
(つづく)
0 件のコメント:
コメントを投稿